素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

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先月家のすぐ傍の広電沿いの三差路に、金属の大きな筒が二本運ばれてきた。この筒は道路に埋められ下水道本管埋設工事の中継点になるらしい。
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これだけの筒を縦に二本重ねて埋設するのは大変と思っていたが、手作業で無く機械で行うので見る見る内に捗って行った。

 掘削地点の道路上にこの筒を置き、筒の中のアスファルトや土砂をパワーシャベルで掻き出すと筒が少しづつ沈んでいく。一本分が沈むとその上に二本目の筒を重ねて削減すると、あっけないほど簡単に道路に縦穴が掘られていった。
e0125014_10365313.jpg 穴は径2.5m位、深さは4m位もあろうか。この水が抜かれ浸水しないように作業が終わると、いよいよ陸橋近くの近くから下水道本管がこの地まで貫通する工事が行われるのであろう。
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 ところが三差路の竪穴工事が終了して暫くしてすぐそばで又道路を掘り起こす工事が始まった。地中を推進してきた本管工事が、途中の岩石に遮られて前に進めなくなり、道路を掘り起こして岩石を取り除く工事らしい。三丁目は海を埋め立てて造成された地区の為、このような岩石が地中にある訳はないが、恐らく埋め立て工事中の不用な岩石を廃棄したものが残されていたものであろう。

 地中に予測の出来ない不用物が見つかり工事のやり直しは止むえないとしても、この工事による騒音と振動は凄まじいものであった。この工事中の何日間は家の中にいても大きな音が聞こえ、振動で家が揺らぐくらいであった。他の工法は無いのかと思いながらも、公共工事でもあり我慢のの日々であった。
e0125014_1038493.jpg 地区内の下水道工事に先駆けバス回転場を利用して作業場が建設された。仮設建物であるのに何故こんなに立派な建物が必要なのかと誰もが感じたが、作業中の騒音が外に漏れて附近住宅に迷惑が掛からないよう防音対策のためこのような建物が必要との説明であった。そこまで配慮されているなら、今回の工事ももう少し他の工法等工夫できなかったのかと思う。
e0125014_10382798.jpg この立派な仮設建物も役目を終わったのか今では撤去されている。
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 下水道工事も一段落したのか工事も一休みである。この縦抗からさらに西側・沖側に分岐され下水道管が延長されるのであろうが、公共下水道工事には膨大な経費と期間を要するものである。

 すぐ近くまで下水道管が敷設されながら、我が家の個別浄可化槽が撤廃され公共下水道に接続されるのは当分先のようである。
by hirosan_kimura | 2015-11-27 10:41 | 衣食住 | Comments(0)
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昭和60年3月31日発行 阿品地区コミュニティをすすめる会 
「さんさん阿品第4号」より抜粋

 東にナタリー、西に競艇場、その間に挟まれたこの団地が出来て、早や13年が経過しました。昭和46年3月」、廿日市町より分譲されたこの団地に、現在「一四二戸」の住宅が建築されていますが、空家もありますので、常時世帯数は一二五、人口四〇〇、その内子供は六十余人、また六十才以上の方も子供と同数程度おられます。

 この町内会は、47世帯で昭和47年5月に発足しましたが、それまでは阿品西の町内会に所属しており、当時の町内会長さんは、岩鏡神社下の西山さんでした。

 また町内会の名称を「鼓ケ浜」としたのは、この団地の分譲案内に「廿日市町地御前鼓ケ浜団地」としていましたので、この名称を採用したものです。

 当時、町尚会の最初の仕事は、宮島線に停留所を設置し、交通の不便を解消することでした。陳情や交渉を随分くりかえしたものですが、漸く53年8月「たじり」が設置されました。

 この他、53年にはニュータウン行きのバスも開通し、海岸には高潮対策として堤防の建設もはじまり、6年経過した今日なお建設中です。

 10年前は小鳥も庭によく来たものですが、昨今は非常に少なくなりました。また海岸では小魚がよく釣れたものですが、貝と共に年々減少しています。

 最後に、現在この団地の課題は集会所を建設してもらいたいことです。公民館は近くにありますが、陸橋と云う障害物がありますので、行政当局に考えていただきたいものです。

 子供達は、この団地が「ふるさと」です。キレイで平和な団地を子供達に引き継ぎたいものです。                      記 望月圭三
by hirosan_kimura | 2015-11-25 06:11 | 三丁目 | Comments(2)
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 このブログ№131「結婚式とお地蔵さん」を紹介した。このお地蔵さんは阿品の結婚式の度に引っ張り出され婚家に運び込まれていたものである。ところがこのお地蔵さんが鎮座されていた屋敷が取り壊され、お地蔵さんの姿も見られず更地となっていた。

 お地蔵さんはどこに行かれたのかと思っていたら、JR阿品駅の裏側附近に引っ越しされていた。

e0125014_947366.jpg 元お地蔵さんのあった家の親戚の方が新しい場所に移転されたようである。元あった場所は「鰆浜」で新しい場所は「阿品」、現在の地名で言えば阿品一丁目から阿品二丁目に引っ越された。

 引っ越し先は日当たりも良いが、祠もなく野ざらしである。
 このお地蔵さんの由来を知る人も少なくなったが、いつまでも語り継がれて行くことを願うばかりである。

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by hirosan_kimura | 2015-11-24 10:08 | 伝説民話 | Comments(2)
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 この付近を通り掛った時いつも気になっているが、阿品公民館の裏にある消防団車庫に「半鐘」が吊下げられている。緊急時に鳴らすためでなく、どこかで使われていたものを、モミュメントのように飾ってあるようである。

 半鐘とは小型の釣鐘のことで、江戸時代、火の見櫓の上部などに取り付け、火災・洪水発生時などに鳴らし、地域の消防団を招集するとともに、近隣住民に危険を知らせて居たいた。

 余談であるが火事が鎮火の際は2点連打されるが、この2点連打を「おじゃん」といい、転じて今までやって来たたことが全て駄目になることを「おじゃんになる」と言うらしい。

 現在ではサイレンや防災無線などに役目を譲り、残された半鐘は僅かとなっているらしい。平成18~9年前後には国際的に金属の価格が高騰し、日本全国で残されていた半鐘の盗難が相次ぎ、スクラップにされ中国に輸出されたそうである。

 近所の人に尋ねるとこの半鐘は、阿品二丁目に設置されていたものを、撤去後に記念にこの場所に飾っているとのことである。しかし岩鏡神社にも同じような半鐘が保管してある。
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 こちらの半鐘には昭和51年5月に阿品に設置してあった半鐘が、道路工事により撤去されたものを神社で保管していると記入してあるので、阿品二丁目にあった半鐘に間違いないであろう。。

 消防車庫に飾ってある半鐘は一体どこにあったものだろうか。色々尋ねてみるがそれぞれ言い分が異なり詳しいことは不明である。

e0125014_10364271.jpg 阿品二丁目の半鐘は農協の少し沖側の向かい側にあった。小さな写真を拡大したので不鮮明であるが、阿品中央の道路が改修されたさい撤去されたのは間違いないであろう。









e0125014_1037669.jpg 半鐘は二階の屋根くらいの高さのコンクリート柱に取り付けられ、鉄の梯子がついていた。











e0125014_10375533.jpg 鰆浜の半鐘は藤川商店横の国道沿いに設置してあった。明瞭な写真があれば良いがなかなか見つからない。

  高さは電柱を少し伸ばしたくらいであったが、子どもの目から見上げればとても高く感じていた。小さな子どもは恐ろしくて登ることもなかったが、小学校高学年くらいになると悪戯で登る者もいたが、危ないので大人に見つかるとこっぴどく叱られていた。

 それでもスリル満点なので性懲りもなく登っては叱られていた。上から子どもが落ちて怪我をした話も聞かなかった。

 半鐘は警鐘(けいしょう)とも呼んでいたが、鰆浜ではこの鐘が鳴り響いた記憶はない。

 
 それにしても消防車庫の半鐘は何処にあったもので、鰆浜の半鐘は何処に行ったのであろう。
by hirosan_kimura | 2015-11-07 12:05 | その他 | Comments(7)
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 ふじタウンを上りきって対厳山線と交差する場所に「ふじタウン北」のバス停留所がある。広電バスとさくらバスのJR阿品駅・広電阿品駅方面に向かうバスが止まる停留所である。終点まで十分少し歩けば行けるが、近くにある県営住宅に住んでおられる高齢者が、駅やふじグランのスーパーに行かれるため良く利用されている。

 バス停の傍にベンチがあるが、座ってバス待っておられるのを見掛けることは滅多にない。歩道とベンチの間に幅の狭い側溝がある。若い人なら一跨ぎであるが、高齢者にとっては幅が狭いとはいえ側溝を跨いで椅子に座るの危険であろう。

e0125014_131129.jpg 今朝犬の散歩で通り掛かってみると、誰かがベンチを側溝を跨ぐように移動されていた。これなら高齢者も座りやすいようであるが、なんとなく危なっかしい気がする。

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                 ベンチの脚を見てみると歩道に少し掛かっているだけで何かの拍子にベンチずれると側溝にはまり、座っている人は大怪我もしかねない。歩道が広ければ危険もないが、通行人の邪魔になろう。

 僅かな距離で良いから側溝に蓋架けが出来ないものかと、ここを通る都度思うばかりである。

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 このバス停留所の一つ隣のバス停では、緩やかな坂道であるがベンチが傾かないよう片方の脚をかさ上げした、ベンチが設置してある。
by hirosan_kimura | 2015-11-06 13:36 | 交通 | Comments(0)

№722 おしえ地蔵

e0125014_13522084.jpg 「教え地蔵」についてはこのブログ№7・№577で紹介したことがある。昭和60年3月31日「阿品地区コミュニティを進める会」の広報紙第4号「御存じですか おしえ地蔵さんを!」の記事を提供して貰ったので掲載してみる。






阿品地区文化財 おしえ地蔵 昭和五十六年十月建立
 昔、国道もなく阿品の平野が海であった頃、大野町更地中山に通ずる山道を、旅人に教えた「おしえ地蔵さん」として古くから伝わっている。
 「左手の人差し指で方向を指し、右手で「おむすび」らしきものを手の平に乗せています。」
 昭和四十九年、阿品ニュータウンの造成工事前は、阿品ダム奥の谷間にありました。
 一時ダムのふもとに仮移転させ、昭和五十六年に、現在地に設けられました。
by hirosan_kimura | 2015-11-05 14:13 | 行事祭礼 | Comments(0)