素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

カテゴリ:開発( 12 )

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 県病院跡地の開発地は、着工してからも随分と工期を要していた。地元では住宅用地から国道に出る道が狭すぎる。国道に信号機が付かないので許可が下りないのだろうなど勝手なことを言っていた。
 その内、国道脇に好評分譲中の看板が立てられた。60区画もの住宅地の販売なので新聞チラシ等で大々的な宣伝が始まるのかと思っていたがそれも無かった。
 この地は広島電鉄停留所まで歩いて数分。JR阿品駅も徒歩圏内。少し歩けば大型商業施設もある。幼稚園・保育園・小中高校も近い。看護科ではあるが大学もある。前面に広島湾を望み気候温暖で近年住宅地として人気の場所である。阿品の他地域でも田畑が潰されあちこちに住宅が建てられているので、この地の宅地が住宅で埋め尽くされるのも程なくであろう。
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 その内、ぽつりぽつりと住宅が立て始められた。全体像を俯瞰できる場所は無いかと付近の高台に登ってみたが、木々が生い茂り中々適地が見つからなかったが、それでもほぼ全体を見渡すことが出来た。
 華々しい販売宣伝もなく住宅が建つのかと思っていたが、通りかかる度に新しいい住宅着工の準備がされている。総区画60区画であるが、ほぼ完成しているのが5戸。内2戸はすでに入居しておられる。建築中は4戸であるがこれも間もなく完成するであろう。基礎のコンクリートが打ってあるものが4戸。建物の位置を決める為、敷地に縄が張ってあるものが2戸ある。
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 この住宅地がある「鰆浜」地区はこの地以外に新しい住宅だ沢山建てられているが、高齢化が進み依然と比較すると活気が見られないような気がする。
 60区画全てに新しい入居者が入り、子どもたちの歓声が絶えない活気ある「鰆浜部落」になることが待ち遠しい。


by hirosan_kimura | 2018-10-30 11:58 | 開発 | Comments(0)
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 長年、空き地となっていた県病院跡地に戸建て住宅が建てられることとなり、7月上旬よりやっと工事が始った。工事現場全体が見渡せないかと近くの丘に登ってみたが、最近では山に登る人もなく手入れが行われないので、以前は入れた小道も雑木が繁り枝も伸び放題で工事現場全体を見渡すことは不可能である。それでも木々の間から工事車両や工事現場を何とか垣間見ることが出来る。

 この写真では工事がほとんど進んでいないように見えるが、既存道路の一部を拡張したり、配水管の埋設等が行われているようである。小さな児童公園は国道よりの進入路に一部掛かり、公園の形状が変わるため遊具等は撤去され更地になっている。この公園が整備されたとき地域の人たちが植え、毎年美しい花を咲かせていた桜の木も根元から伐採されている。なぜ残すことが出来なかったのか聞いてみると、業者の人が間違って切り倒したもので公園整備後は弁償されるとのことであるが本当であろうか。

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 毎朝犬の散歩で現場付近を通りかかるので工事の進み具合を確認することが出来る。

 この工事の工期は平成29年7月3日から30年7月15日までの約一年間となっている。平地での宅地造成工事で規模も小さく、何故こんなに工期が長いのか不思議であるが、来年の今頃のこの付近の変わりようを想像すると楽しみである。
by hirosan_kimura | 2017-10-11 11:22 | 開発 | Comments(2)
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 鰆浜の広い空地については何回も取り上げてきた。昭和18年(今から74年前)に開設された教員保養所が昭和26年に県立病院に移管され「県立地御前病院」として21年間開院していた。
 
 この病院も昭和47年に廃止された以降45年間空地のまま放置されていた。この間様々な施設の誘致が検討された。この中でも大竹の山陽自動車道用地内にあった精神病院の移転は、かなり具体的な所まで検討されていたが、地元鰆浜町内会の粘り強い反対運動によりこの計画は撤回された。この間、山陽自動車道の整備工事がストップし大野~大竹間の開通が大幅に遅れたこともあった。

 この間民間による開発計画も浮上しては消えたが、隘路になったのはこの地への国道よりの進入路が普通車の離合も困難な狭い道路しかないことである。

 しかしこの広大な空き地があることで地元ににとっては様々な行事を行うことができた。夏には盆踊り、正月あけには毎年とんどをすることもできた。その他様々な行事も行え、子どもたちは走り回って遊ぶこともできた。

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 45年間空地であった県病院跡地も、このブログ「№751 県病院跡地がやっと動き出した。」で紹介したが民間不動産会社による開発が行われることとなった。

 この計画が発表されて以来いつから具体的に動き出すのかと気を揉んでいたが、先日工事開始の看板が設置された。工期が平成30年7月15日とあり平地の宅地開発にしては工期が長すぎる気がしないでもないが、進入路と国道の接続部分に関して様々な手続きを要するのかも分からない。

 いずれにしても高齢者が増え活気の乏しい鰆浜部落が、一年後には大きく変わっていることが期待される。
by hirosan_kimura | 2017-07-09 10:13 | 開発 | Comments(6)
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 平成20年12月13日に開始したこのブログも、阿品限定のため回を重ねるごとにネタも無くなり750回をもって最終回とした。ちなみに第一回目は「№1 広電阿品東駅」であった。

 このブログの最終回から2ケ月以上経過したが、この間コメントを頂いたり思わぬ人から何とか続けて欲しいとの要望をいただいた。今までは何とかブログが途切れないようにと頑張っていたが、今後は何か話題があればブログに投稿する気楽な気持ちで続けようと思う。

 最終宣言をし三か月も経たない時期に再開など、節操のないことではあるがのんびりと続けたい。ブログを続けていて一番勇気づけられるのはコメントを頂くことなので、今まで同様よろしくお願いします。

 昭和47年3月に閉鎖され四十四年間放置されてきた、鰆浜の県病院跡地がやっと具体的に動き出した。この跡地を取得していた不動産会社が、7月の終わりに地元住民に対して開発の概要の説明会をおこなった。

 その概要は周辺道路を整備して、総戸数57区画の宅地開発を行うものである。一区画130㎡~140㎡程度であまり広くない敷地となっている。

 県病院跡地が長く利用されなかった理由の一つに、国道からの進入路が狭く普通車のすれ違いがやっとで大型車両の進入が難しい点がある。今回、公園用地を削って国道に出る道路を拡幅する計画となっている。

 進入路が計画されている出口の国付近は、広島方面への上り車線が大きくカーヴとなり見通しが悪く、カーヴを廻るとすぐ直線となり車がスピードをあげるため、国道に進入する車と衝突し死亡事故もある事故多発個所である。そのため交差点を新設するのは困難らしい。

 この問題が解決すると、平成29年夏ごろまでには市道の拡幅・公園の形状変更が完成し住宅が建ち始めるようである。

 いずれにしても高齢化が進み活気の乏しくなった鰆浜部落も、多くの若い人や子どもで溢れる街になることが期待される。
by hirosan_kimura | 2016-09-29 13:06 | 開発 | Comments(4)
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 先日、阿品に関する記事が新聞に掲載されたり、テレビで放映された。
 
 昨年7月に入札された鰆浜の県病院跡地が、土砂災害警戒区域に指定予定であったのを県が見落とし売却したものである。病院跡地11.500㎡を3億7千万円で売却したが、警戒区域に指定されたことで土地の価値が下がり差額9,800万円を賠償することとなった。

 指定予定を見落としたこと、差額を賠償することはともかくとして、隣接の山が土砂崩れが起きそうとは素人目には不思議な気もする。隣接地は山と云うより小高い丘のようである。元々ある自然の山で傾斜も緩やかで樹木も生い茂っており、崖崩れが予測される危険地域にも見えないが、専門家の目から見れば「土砂災害危険区域」に匹敵するのであろう。
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 阿品区域の山々は比較的緩やかで、土砂災害の起こりそうな場所は他地域に比べて少ないのかと思っていたが、予想以上に危険な場所が多いようである。
 
 中にはこんな所まで危険地域に指定しなければならないのかと思われる場所もあるが、万全を期して万一の災害に備えてあるのであろう。
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 急傾斜地危険地域に指定されている場所で、素人目に見ても明らかに危険な場所もある。

 この写真だけではあまり窺えないが、下から上を見ると見上げるような急斜面である。斜面も堅固とは言えず一部 玉石状の物が積み上げられたり自然の土肌のみの場所もある。斜面の上の方では土を掘り起こして野菜が作られている。

 崖上の家屋は崖地ぎりぎりに建っているものもある。上に住んでいる人は足元は気にならないかも分からないが、崖下に住んでいる人はいい気はしないであろう。

 この団地は阿品で一番古い団地であるが、現在の厳しい決まりではこのような崖地は許可が降りないかも分からない。
by hirosan_kimura | 2016-06-09 12:54 | 開発 | Comments(0)
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このブログ№711で「やっと動き出した県病院跡地」掲載した。昭和47年に閉鎖され43年間放置されていた県病院跡地の売却入札が昨年7月22日に行われたというものである。

 その後、跡地利用がいつ動き出すのだろうと付近を通り掛る度に注目していたが、動きは全然見られなかった。ところが先日この地にトラックが止まり資材らしきものを降ろしていたので、やっと何かの工事が始まったかと思っていた。

 地元の人に「やっと県病院跡地が動き出したが、マンションか戸建の住宅が建つのだろうか」と聞いてみると、少年野球の練習場が設置されるとのことである。そういえば現地には移動式のバックネット・閉鎖されたボーリング場から外してきたような椅子・簡易倉庫・簡易トイレなどである。不動産会社がこの土地を入札したが、国道に繋がる道路の道幅が狭く工事車両の離合も困難で、止むなく少年野球の練習場に貸与するとのことである。

 利用価値の無い土地を多額の経費で購入することは考えられないので、何らかの形で道路問題が解決する勝算の見込みがあり一時的に少年野球チームに貸与するものであろう。
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 国道から県病院跡地への進入路は四本の細い道路がある。

e0125014_141984.jpg ①は国道から県病院に入る正規の道路であったが普通車の離合も難しいくらいで、途中直角に近いくらいカーブしており工事用車両の通行など不可能に近いくらいである。

 
 ②の道路はは一見広そうであるが川の上をコンクリートで蓋架けした道路で余り重い車両の通行は困難である。国道との間に段差があり、おまけに横断陸橋の橋脚が立ちふさがっている。

 かつて県病院の正門は①と②が突き当たった地点であった。

e0125014_1415452.jpg ③の道路も他の道路と大差なく狭い道路である。県病院時代この道路も病院の出入りに使用され「県病院入口」の看板が国道脇に接されている。④の道路は他の道路よりさらに狭く工事用車両の出入りは不可能である。






e0125014_1421750.jpg 県病院跡地から国道までの距離はほんのわずかであるが、いずれも道幅が狭く工事用車両の通行は困難である。病院廃止後この用地には様々な計画が立てられては立ち消えて行った。いずれの計画も前に進まなかったのは道路問題が立ちはだかっていたからである。

 道路が狭ければ既存家屋を移動し道幅を広げればよく、③の道路の拡幅は空地と公園を一部削れば容易に可能である。しかしこの付近の国道の上り車線は見通しの悪いカーブを曲がりきった直線部分で事故の多発地帯である。少し前にも死亡事故も起きたばかりである。道路の改良にはこの問題の解決も必須である。

 鰆浜部落でも高齢者が増え、県病院跡地に沢山の住宅が立てられ子どもたちの歓声が絶えない町にと大きく期待されている。一日も早く道路問題が解決し建設の槌音の響く日の来ることが待ち望まれる。

 
by hirosan_kimura | 2016-02-21 15:35 | 開発 | Comments(0)

№720 三丁目の埋立

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 阿品三丁目(当時は住居表示の設定による町名設定は無く「阿品三丁目」の地名そのものが存在しなかった。)の埋立は第一期工事(鼓ケ浜側)昭和41年10月着工、第二期工事(ナタリー側)は昭和42年2月に着工し、ともに43年3月に竣工している。

 この埋立地と国道の間には広電宮島線の線路敷きがあるが、当時のことを知らない人の中には田尻陸橋が先に整備され、この陸橋を利用して埋立土砂を運搬するダンプカーが運行され、海が埋め立てられたと思い込んでいる人が結構あるようである。

 埋立てが完成したのは昭和43年3月、田尻陸橋が竣工したのは昭和46年の3月で、埋立て完成と陸橋竣工まで期間が長いように思われるが、埋め立てた土砂が落ち付き固まるまで待っていたのだろうか。

 上記写真は埋め立て工事中のものであるが、田尻陸橋が整備されていないことが良く分かる。

e0125014_10281077.jpg この写真は現在陸橋のある付近で元広電田尻駅のあったばしょである。広電軌道の上を土砂を積んだダンプが行きかっている。


e0125014_10382739.jpg 広電軌道傍の海岸には今でも旧堤防が残され上部のみ見る事が出来る。ダンプを通す為にはこの堤防が邪魔になるので一部取り壊している。

 この部分では取り壊した堤防後に幅の狭い堤防を新たに取り付けてある。旧堤防は海から陸を守るためのものであるが、沖側の海を埋立後は堤防は不必要と思われるが、なぜわざわざ新たに堤防を継ぎ足したのか良くわからない。

e0125014_10291699.jpg 川から西側への土砂の搬入は陸橋の下付近から線路敷きを横断して行われていたが、ナタリー側は、ふじグランの東端付近で国道から広電軌道を超えて仮の踏切が作られ土砂の搬入が行われていた。

e0125014_10384871.jpg 上部のみ残された堤防を見ると、ダンプを通す為に堤防を一部削り取った様子が残されている。
by hirosan_kimura | 2015-09-24 11:43 | 開発 | Comments(0)
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 海面開墾願
広島県佐伯郡地御前村字阿品沖海面、別紙図面之通私費ヲ以テ開墾仕度ニ付該地御払下被成下度、之近村協議仕候処聊(いささか)差支無之、尤満潮水下之場所ニ付本年十月ヨリ向七ヶ年間鍬下年季御聞届被下度、然ル処右御許容相成候ハ、今般本郡廿日市以西中国往還御改線之折柄ニ付、開墾堤防ヲ以テ前後轍道幅員へ做ヒ脩築仕、道路兼用相成候ハ、上下御都合筋ト奉存候付、彼是以速ニ御許容被成下度、図面相副此段奉願候、以上
 明治十一年九月卅日
   第四大区五小区地御前村
    △番邸 願主 △村△三郎
    △番邸 同  △野△太郎 
    △番邸 同  △岡△造
    △番邸 同  △下△右衛門
    △番邸 同  △野△三郎
         戸長 柴田千太郎

第四大区五小区地御前村字阿品沖海面開墾之義、別紙之通図面相副同村平民△村伝三郎以下弐名ヨリ出願候ニ付、実施及検査候処比隣害障等無之、右ハ中国往還通路修築中ニ而兼用仕、予而目論見通リヨリハ里程短縮随テ往復ノ便ヲ得候義ニ付、上願之通御許容被成下度、此段副申仕候、以上
  明治十一年十月二十日 区長 奥村甚之丞
     広島県令 藤井勉三郎代理
        広島県少書記官 平山靖彦殿

「書面海面埋立開墾之儀聞届、満潮水下之地処ニ付無代下与、且来年ヨリ向七ヶ年間鍬下免租申付候条、地所修築之上更面積ヲ量リ地券条可申受候事
 但、道路堤塘溝渠ハ官有地第三種ヘ編入候儀ト可相心得候事
  明治十一年十一月一日 印
by hirosan_kimura | 2015-08-14 13:19 | 開発 | Comments(0)

№718 田圃が宅地に

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 「№655 収穫の秋」で紹介したが、阿品の田圃は宅地化により年々少なくなっている。かつては山裾に僅かな農家があり、残りの大半が田圃で夏には緑の、実りの秋には黄色の絨毯を敷き詰めたように一面田圃が広がっていた。

 今では宅地化が進み住宅地に囲まれた中で稲作が行われている。上図の緑は昨年に続き稲作の行われている田圃。青は昨年は行われなかったが今年は稲作が行われている。茶色は昨年は稲作が行われていたが、田圃が埋め立てられ宅地造成が行われている。
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 この場所はJR阿品駅のすぐそばであるが、今年に入って田圃が埋め立てられ、宅地造成の工事が行われている。阿品の残り少ない田圃も宅地化が進み、近い将来には阿品から田圃が無くなる日が来るのではなかろうか。

 この宅地造成が完成すると16区画も宅地が出来るらしいが、噂によるとかなり購入決定しているということである。阿品ではこの場所以外でもかなりの建売住宅等が建てられ売れ残りも無いようであるが、人口が減少しているというのに不思議なことである。
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 鰆浜(阿品一丁目)では、かつてJR線路から奥は民家が一軒のみで、残りはすべて田圃が広がっていた。この地区も宅地化が進み田畑は殆ど無くなっていた。

 昨年は鰆浜では稲作は皆無であったが、今年は一枚の田んぼではあるが復活して稲作が行われている。この稲作がいつまで行われるのかは分からない。
by hirosan_kimura | 2015-08-02 14:10 | 開発 | Comments(0)
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 長年空地のままであった県病院跡地がやっと動き出した。先日この空地の傍を通りかかってみると、売却の入札が7月22日に行われる表示があった。

 県病院跡地については何回も採り上げたが、昭和18年9月に結核教員の保養所として開設され、昭和26年6月に県立病院に移管され昭和47年3月に閉鎖されて、以来43年間空地のままであった。

 この間、空地の一部を県職員の福利グランドとして活用したり、地元では盆踊り・とんど・ゲートボールなどに使用してきたが、利用される日数はわずかで広い空地が放置されてきた。

 ところが3年くらい前に突然、この空地を処分するので地元では利用出来ないと県より連絡が入り、平成25年の1月13日に行われたとんどが最後となった。

 地元ではすぐにでも何か動きがあるかと跡地利用に注目し、戸建の住宅が建つ、いやマンションが出来るなど噂しあっていたが、依然何ら動きも見られなかった。
e0125014_10182160.jpg 昨年6月頃、病院跡地に「売り出し予定県有地」と看板や幟が掲げられ、今度こそやっと動き出すと地元も注目していたが、相変わらず何の動きも見られなかった。

 これまで長年、跡地に何が出来るのかと気を揉んでいた地元の人たちも入札日まで公表されたので、今度こそやっと安心したりほっとされたのではなかろうか。

 入札の受付は7月6日から7月15日入札日は7月22日,面積は11,498・73㎡で約3,471坪、予定価格は2億4,600万円とある。何社くらい応募がありいくらで落札するのか興味のあるところである。

 1㎡当たり21,400円、坪当たり70,800円くらいの予定価格となっているが、広電阿品東駅まで100㍍、JR阿品駅まで800㍍と、交通の便が良い割には安いように思われる。

 上水道・下水道・都市ガスもすぐ傍の道路まで来ているが、仮に戸建住宅予定なら整地・区画割り・上下水道ガス管の埋設・敷地内道路整備等膨大な経費が見込まれ、売り出し価格はどの程度になるのだろうか。
by hirosan_kimura | 2015-06-11 11:20 | 開発 | Comments(0)