素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

カテゴリ:三丁目( 20 )

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昭和60年3月31日発行 阿品地区コミュニティをすすめる会 
「さんさん阿品第4号」より抜粋

 東にナタリー、西に競艇場、その間に挟まれたこの団地が出来て、早や13年が経過しました。昭和46年3月」、廿日市町より分譲されたこの団地に、現在「一四二戸」の住宅が建築されていますが、空家もありますので、常時世帯数は一二五、人口四〇〇、その内子供は六十余人、また六十才以上の方も子供と同数程度おられます。

 この町内会は、47世帯で昭和47年5月に発足しましたが、それまでは阿品西の町内会に所属しており、当時の町内会長さんは、岩鏡神社下の西山さんでした。

 また町内会の名称を「鼓ケ浜」としたのは、この団地の分譲案内に「廿日市町地御前鼓ケ浜団地」としていましたので、この名称を採用したものです。

 当時、町尚会の最初の仕事は、宮島線に停留所を設置し、交通の不便を解消することでした。陳情や交渉を随分くりかえしたものですが、漸く53年8月「たじり」が設置されました。

 この他、53年にはニュータウン行きのバスも開通し、海岸には高潮対策として堤防の建設もはじまり、6年経過した今日なお建設中です。

 10年前は小鳥も庭によく来たものですが、昨今は非常に少なくなりました。また海岸では小魚がよく釣れたものですが、貝と共に年々減少しています。

 最後に、現在この団地の課題は集会所を建設してもらいたいことです。公民館は近くにありますが、陸橋と云う障害物がありますので、行政当局に考えていただきたいものです。

 子供達は、この団地が「ふるさと」です。キレイで平和な団地を子供達に引き継ぎたいものです。                      記 望月圭三
by hirosan_kimura | 2015-11-25 06:11 | 三丁目 | Comments(2)
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昭和42年 2月 田尻地先海岸立造成工事開始
昭和44年 9月 田尻地先海岸埋立完了 80,909,88㎡
       10月 宅地149区画分譲開始 ㎡当37,000~45,000円 
昭和45年12月 阿品陸橋竣工 工費3億4,000万円
昭和46年 6月 入居開始
昭和48年 1月 団地内に「安藤耳鼻咽喉科」開院
昭和49年 4月 隣接地に「広島ナタリー遊園地」開園 
昭和51年 3月 田尻公園完成 1,431㎡ 
昭和52年     高潮対策工事開始
昭和53年 8月 広電田尻駅開業
昭和54年 4月 阿品台東小学校開校 地御前小学校より校区変更
昭和55年 4月 鼓ケ浜公園完成 149㎡
        9月 世帯109  人口339
昭和56年 4月 阿品台中学校開校 七尾中学校より校区変更
昭和57年 2月 町名変更 地御前字阿品→阿品三丁目
昭和58年 4月 阿品台西小学校開校 阿品台東小学校より校区変更
昭和59年 1月 世帯132 人口416
昭和61年     高潮対策工事完了 延長615.7m
昭和62年 4月 鼓ケ浜集会所落成 約108㎡ 
10月 老人クラブ「鼓ケ浜長寿会」発足 会員64名
平成 元年 8月 JR阿品駅開業
平成 2年 2月 世帯160 人口463 
        5月 田尻公園便所 汲取りから水洗に改築
        8月 岡本脳外科クリニック開院
平成 3年 5月 世帯数165 人口473 男221 女252 内小学生43 
           町内会費 年1,500円×2回
       9月 台風19号で町内被害発生
平成 4年 1月 子供会会員43名 男20 女23
平成 6年 2月 世帯169 人口480
平成 8年 3月 遊園地「広島ナタリー」閉園
平成11年 7月 フジグランナタリー開店 
平成12年 1月 世帯数185 人口475 
        6月 JR阿品駅=阿品三丁目間歩道陸橋完成
        8月 広電田尻駅が東70mに移転新設
平成13年 3月 午後3時28分発生「芸予地震」で被害が出る
       11月 「広電田尻駅」が「広電阿品駅」に名称変更する
平成20年 2月 世帯205 人口487
平成21年 4月 「鼓ケ浜町内会憲章」を制定
平成23年 1月 世帯205 人口463
by hirosan_kimura | 2015-03-30 12:04 | 三丁目 | Comments(0)

№698 新しい施設

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鼓ケ浜集会所が完成
 この度、鼓ケ浜地区に集会所ができました。鼓ケ浜集会所は、鼓ケ浜地区の南端部に位置し、木造平屋建てで約108㎡の広さがあります。

 鼓ケ浜町内会では、これまで集会等を行う場合、阿品公民館を利用していましたが、これからはこの集会所が利用出来て大変便利になります。落成式は、4月5日に行われる予定です。

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阿品地区に待望の公園建設中
 阿品地区に永年望まれていた公園が、現在、岩鏡神社の裏隣に建設中です。
 仮称岩鏡公園は、岩鏡神社の裏隣に神社と同じ高さで造られ、ゲートボールができる広さがあります。また、公園には、遊具・便所・公園灯等が整備される予定です。

 公園建設は、昭和61年度に造成工事を行い、62年度に進入路工事、施設整備を行うもので、今年度の盆踊りには、一応利用できるようになる予定です。

 完成は今年の秋ごろになるようですが、完成後は、ゲートボールや子供達の遊び場・盆踊りができるようになり、地区の憩の場としてみんなで大事に使いたいものです。

     昭和62年3月31日発行 阿品地区コミュニティ広報紙より抜粋
by hirosan_kimura | 2015-03-24 11:29 | 三丁目 | Comments(0)
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 平成8年3月に遊園地「広島ナタリー」が閉鎖され、その跡地利用として様々な案が計画された。商業施設等の案が出されたが、当時廿日市には宿泊施設がほとんど無くホテル等の案もあった。

 以前阿品四丁目の市有地に宿泊施設を備えた保養施設を整備する案もあったが、市内には特別養護老人ホームは一箇所しか無く入所待機者が急増する中、福祉施設の整備を優先しこの地には高齢者用の複合施設が整備された。

 こうした中、ナタリー跡地に宿泊施設を備えた保養施設の誘致をするため様々な検討が行なわれたが、全国的に合理化のためこれらの施設が廃止されたり、民間に売却されている中で新しい施設の誘致の見込みは皆無であった。

 上図のナタリー跡地利用計画では、右側に宿泊施設・テニスコート等を備えた保養施設が計画されている。

 また商業施設も多く計画に有り、中央やや右側海岸沿いには「フジタドルフィングクラブナタリー」も残されている。

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 宿泊施設の誘致が困難な中で大型のマンションが計画されているが、商業施設も現在より広い敷地が確保され、プールの施設もそのまま残されている。

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 商業施設は大きく縮小され、プールも撤去され今では位置を変えて電車線路沿いの建物の中に、新しいスポーツ施設が整備されている。

 ナタリー遊園地の後地は当初計画と大幅に変更され、一角に大型スーパーが出来た他は全てマンションが沢山建てられている。
by hirosan_kimura | 2014-02-15 14:18 | 三丁目 | Comments(0)

№600 三丁目の変貌

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 この写真は平成7年4月今から約20年近く前の阿品三丁目のである。

 左側には「遊園地ナタリー」の観覧車・ジェットコースター・ループザループなどの遊具が見られる。右端中央海側の丸い白い屋根は屋内プールである。

 右側の住宅地「鼓ケ浜」は現在と殆ど変わらないようにみえるが、当時よりは住宅が立て込んでいる。住宅地の中の電車線路沿いやや右の白い二階の建物は眼科医院があった。

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 この写真は現在の阿品三丁目の様子である。

 「遊園地ナタリー」は閉鎖されマンションが建てられている。その一角には大型スーパーが開店した。

 住宅地側は殆ど変わっていないように見えるが、眼科医院は閉鎖され跡地に住宅が建っている。

 線路手前左下の白い建物は「ふじタウン」の汚水処理施設であるが、阿品地域に公共下水道が整備されればこの施設も撤去されるであろう。
by hirosan_kimura | 2014-01-23 11:57 | 三丁目 | Comments(0)

№536 三丁目の変遷

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昭和22年9月撮影
 広電宮島線沖側は海面である。今のJR駅前は田んぼや畑ばかりである。JR奥側も大半が田んぼで民家はわずかしか無い。

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昭和45年5月撮影
 三丁目の埋立が完成している。JR駅前も埋立てられ田畑が無くなっている。

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昭和50年3月撮影
 遊園地ナタリーはまだ工事中である。反対側ではかなりの民家が建てられている。今のJR駅前に見える青い屋根の建物は樋口鉄工の工場である。ふじタウンはまだ造成中である。

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昭和56年9月撮影
 遊園地ナタリーは営業中である。ふじタウンにもかなりの家が建てられている。

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昭和63年10月撮影
 駅前の樋口鉄工の建物は撤去されている。国道沿いにドライブインやテニスコートが見える。JR阿品駅はまだ無い。

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平成20年6月撮影
 JR阿品駅が開業し駅前が整備され、道路が新設されパチンコ店の建物がある。遊園地ナタリーは閉鎖され、跡地にはたくさんのマンションが建てられている。
by hirosan_kimura | 2013-03-31 12:51 | 三丁目 | Comments(0)
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 阿品三丁目の中央から大野寄りの団地は、昭和44年9月に埋立が完成した団地で約24,500坪の面積がある。昭和46年の6月頃より入居が開始され、町内会の名称は「鼓ケ浜町内会」である。

 しかし「鼓ケ浜」と言う地名は阿品の古い書類を調べても出てこない。隣接の大野村では阿品寄りの海岸を「鼓ケ浜」と呼称していたので、新しく団地が開発され町内会が作られた際、詳しいことが分からないままに隣村の地名を名付けたのではないだろうか。

 慶長六年の大野村検地帳に「つつみ」「しもつつみ」の名称が記録されている。しかしここに記されている「つつみ」「しもつつみ」は宮島口一帯の「鼓ケ浜」を指しているのかは不明である。

 大野村では慶長の検地帳は、余りにも区域が小さく小切られており煩雑なので明治20年に70余りの小字に整理されたとの記録があるが、この中で宮島口一帯に「柿の浦」「赤碕」などとともに「鼓ケ浜」の地名が見られる。

 しかしこの辺りが「宮島口〇〇丁目」に設定される前の字名には「柿の浦」「赤碕」の字名はあったが、「鼓ケ浜」の字名は無かったそうである。「鼓ケ浜」は正式な地名でなく、この付近の人たちが呼称していたのみの地名かも分からない。

 地名に詳しい人の話では、柿の浦・赤碕沖の競艇場付近から宮島口桟橋一帯の海岸で、海の砂が波で寄せられ山から土が流れ出て出来た浜を「鼓ケ浜」と呼んでいたとのことである。

 廿日市の歴史の記録では、阿品の下田尻に飛行場があり「鼓ケ浜航空学校」「宮島航空研修所」の二つの施設があったと記されており、このブログ№12で紹介したことがある。

 しかし飛行場があったのは阿品の下田尻では無く、大野地域にあったのが正しいのではなかろうか。

 上の写真の中央やや左下斜めの堤防が付近が、旧地御前村・旧大野村の村境である。 堤防左が「宮島競艇場」、右は廿日市高校などのヨットの艇庫がある。右上の四角い所が「鼓ケ浜」町内会。
by hirosan_kimura | 2013-03-20 05:29 | 三丁目 | Comments(0)

№452 迷惑な駐車

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 ゴールデンウイークのさなか、阿品の国道は宮島へ向かう観光客の車の列で朝から大渋滞である。いつもの事ながら遠方より車で来た観光客はうんざりし、小さな子どもがいる人は大変であろう。

 阿品から宮島口までは約1.5km、電車で一駅で歩いてでも行ける距離であるがこの渋滞にうんざりし、阿品に車を駐車しわざわざ広電に乗り換えて宮島口まで行く人が結構多い。

e0125014_11364277.jpg 阿品駅周辺にたくさん車を駐車出来る場所も無いので、その大半の人たちは広電阿品駅そばの大型スーパーの無料駐車場に乗り捨てて行く人たちがかなりある。

 スーパーに駐車した人たちが帰りがけにでも買い物をしてくれればよいが、駐車人たちはすぐに駅に向かい、夕方の帰りは店内を通り過ぎて駐車場に向かい帰る人達が大半であろう。

 このスーパーの駐車場は無料なので監視人もいず、宮島の観光シーズンや花火大会の時などは、観光客の車で買い物客が駐車するにも困るような状態もあった。

 これではスーパーもたまったものでなく、観光客が駐車場のみ使用する時期には駐車場の入口にガードマンを配置し、店を利用する人以外は駐車しないよう注意しているがどれだけ効果があるのだろう。

e0125014_11394545.jpg 駐車場の出口にはレシートを確認するとの掲示がしてあるが、レシートの無い人は駐車料金を徴収することも記載無くどのように対応するのであろう。

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 スーパーの努力にも拘わらず駐車した人たちが、すぐそばの広電阿品駅に直行し電車の来るのをたくさん待っている。

 スーパーに駐車した人たちは、帰りがけにはこの店で夕飯の材料でも買って帰るぐらいのことをするのが当然ではなかろうか。

 その前に阿品近辺で車の渋滞が無くなる方策はないものであろうか。

 以前この店の関係者に、駐車料金を徴収したらどうかと聞いたことがあるが、「お客さんあっての営業なので中々踏み切れない」と話しておられたことがある。
by hirosan_kimura | 2012-05-04 13:24 | 三丁目 | Comments(0)
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 阿品三丁目は阿品の広電宮島線沖側の海岸を埋立てて造成されたものであるが、昭和43年頃埋立が完成し、青い部分は昭和44年に宅地として分譲開始された。

 当時の住所は「廿日市町地御前○○○○番地」と表示していたが、昭和57年に阿品地区で町名の設定と住居表示がされたので「廿日市町阿品三丁目○○番○○号」と表示されるようになった。

 町名の設定はそれまでの地御前の中で、大きな川や道路などで囲まれた地域に分かり易い町名を新しく設定するもので、阿品は「阿品一丁目」「阿品二丁目」「阿品三丁目」「阿品四丁目」と大きく四つの町名が設定された。

 一丁目は元の鰆浜付近、二丁目は阿品付近、四丁目はふじタウン付近に新しい町名を設定したもので、三丁目は元は海の中埋立地である。

 住居表示はこの新しい町名の地域を街路などで囲まれた部分を街区で区切り、表示では「番」と標記し、更に街区の中で一軒ずつに番号を付けたのが「号」である。従って各世帯は住居表示では「廿日市市阿品三丁目○○番○○号」と表示する。

 集合住宅などでは家屋番号に部屋番号を付けて「廿日市市阿品三丁目○○番○○ー○○○号とするのが一般的である。

 三丁目では黄色い地区と青い地区は面積はほぼ同じではあるが、街区数は黄色い地区は1街区のみに対して、青い地区は18街区に分かれている。世帯数は黄色い地区が800世帯以上。それに対して青い地区は200世帯くらいである。

 なぜほぼ同じ面積の地域で街区数がこのように異なっているのか不思議に思う人もあるらしいが、青い地区は最初から住宅地と整備されたので碁盤の目のように生活道が整備され、区画ごとに街区を当てはめたことによるものである。

 これに対して黄色い地区は阿品に住居表示が設定された際、地域全体を遊園地「広島ナタリー」一つの施設で占めており「阿品三丁目1番1号」の表示ですんでいたためである。

 その後平成8年に遊園地「広島ナタリー」が閉園し、跡地にショッピングセンターとマンションが整備された。マンションは3~15階建8棟802世帯が整備されている。

 青い地域では1街区に10世帯から多くても20世帯余りであるが、黄色い地域では「阿品三丁目1番」の街区の中に800世帯と、大型店舗・医療ビル・スポーツ施設等があるのである。住居の表示も枝番等が付き複雑なものになっているのであろう。
by hirosan_kimura | 2012-05-02 11:39 | 三丁目 | Comments(0)

№372 三丁目の海岸

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 三丁目の海岸は平日にも関わらず、今日もたくさんの釣り客が釣り糸を垂らしている。先日までは「サヨリ」がたくさん釣れていたが、今日は「サヨリ」に混じり「このしろ」「小あじ」が釣れているようである。

 釣れるのを見ていると、餌を取られるばかりで一向に釣れない人。たまに釣り上げている人。入れ食いのように釣り糸を投げるとすぐ釣る人等様々である。

 入れ食いの人、すぐ傍でも余り釣れない人とでは何が違うのであろう。餌の違い・仕掛けの違い・場所の違いで等であろうが、極端に差が出ている。

 あまり釣れない人のすぐ横で、次から次に釣り上げる人がいれば、さぞ悔しいことであろう。
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 海岸の堤防の上からの投げ釣りなので大物は釣れないが、次から次に「さより」「このしろ」「小あじ」が釣れれば結構面白いであろう。小さな魚なので奥さんは調理するのに、さぞ面倒なことであろう。
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 目の前には日本三景の一つ「宮島」が遠望でき、朱色の大鳥居や行き交う連絡線も見え、阿品の海岸は今日も平和である。
by hirosan_kimura | 2010-09-27 12:48 | 三丁目 | Comments(1)