素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№85 県立地御前病院

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 鰆浜のJR線路沖にグランドがあるが、県立地御前病院の跡地である。今ではお年寄りがゲートボールをしたり、地域の盆踊りやとんどの際活用している。又、県職員の福利厚生施設として野球やテニスに利用されている。

昭和18年(1943年)9月16日
 昭和15年頃より田圃を埋立てて敷地造成が始まる。昭和17年より施設整備が行われ、昭和18年9月16日に「教員保養所」が開設される。当初は結核教員を対象にした施設で、地元住民は診療してもらえなかったが、後に地元住民の診療も行われるようになった。外来診療 内科・小児科。

昭和26年(1951年)6月1日
 「教員保養所」が「広島県立地御前病院」となる。昭和28年には児童病棟が整備され、結核性疾患の子どもたちの療養が始まる。

昭和30年(1955年)2月15日
 施設が増築される。増築後の概要 敷地 約5,000坪。         総建坪 約900坪。 病室数 35室。職員 60名。患者定数 200名。

e0125014_1131616.jpg  航空写真を拡大したのであまり鮮明でない。






昭和32年(1957年)9月25日
 病院内に、地御前小学校・七尾中学校の特殊学級の併設が認可され、小・中各一名の教師が配置される。

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 ある方から提供いただいた当時の職員の写真である。はっきりした撮影年月日は分からないが、昭和30年代後半のものでないかと思われる。前列右から4番目が成富院長先生。その右側が荒木先生と思われる。

昭和38年(1963年)4月1日
 病院内の特殊学級が、広島市光町に県立養護学校が設置されたのに伴い、移管され「広島県立養護学校地御前分校」となる。

昭和42年(1967年)3月31日
 県立地御前病院が廃止される。ただし、昭和47年3月31日までは県立広島病院地御前分院として存続されることとなる。                内科 小児科 呼吸器科 外科 理学診療科 ベッド数 200床

昭和47年(1972年)3月31日
 広島県立病院地御前分院廃止される。 
by hirosan_kimura | 2009-03-07 02:56 | 医療 | Comments(0)