素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№29 気味の悪い遺物

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 今は無いが鰆浜に火葬場があった。この火葬場は明治17年(1884年)に「じんねい鼻」より移設されたもので、昭和43年(1968年)に町営火葬場「霊峯苑」が新設されるまで、長い間阿品の人の火葬が行われてきた。

 「霊峯苑」が出来てからも何人かの火葬が行われたと聞いたが、そのうち全く使用されなくなり、いつの間にか廃止された。

 火葬場の施設は、下の道より一段高い所にに100坪位の平地があり、吹きさらしの小屋とレンガ造りの火葬炉があったのみである。

 今でもその平地は残されているが、樹木や雑草が生い茂り中に入れる状態ではない。小屋と火葬炉も撤去され当時の面影はないが、石かコンクリートで出来た台座のような物が残されている。多分、棺おけを安置した台であろうが、暗い藪の中に残されているのを見ると、誠に気味の悪いものである。

 火葬は薪で近所の人が交代で行ったと云うことである。火葬後はそのままにしておき、翌日に遺族が収骨にいったそうである。

 子どもの頃、お年寄りに良く聞かされた話である。「ある人の火葬があり、翌日骨を拾いに行ったところ火葬炉の中に骨が残って居なかった。薪の量が多すぎて骨まで全部燃えたのかと思いながらも隅々まで探した。ふとエントツを下から上に覗いてみると、骨がエントツの上の方にあったそうである。

 完全に息を引取っていないのに火葬され、熱さのあまり炉の中を這いずり廻り、大声を出したが皆帰って誰も居ない。入口は閉まっており逃げ口が無いため、エントツから出ようとしたが、途中で力果てエントツの途中で引っ掛かったまま、火葬されたそうである」

 本当の話か、大人が子どもを怖がらすための作り話か知らないが、聞かされる度に恐ろしく、暗くなって火葬場附近を通るのが怖くて堪らなかったことを思い出す。
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 火葬場のあった直下に、昭和50年4月1日に地元の人々により供養塔が建立されている。
by hirosan_kimura | 2009-01-10 11:10 | 遺跡 | Comments(0)