素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№7 おしえ地蔵

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 旧岩鏡神社奥の谷に入った古道は、途中で大野の「更地」と「中山」に向かう道で分かれていた。

 このお地蔵さんはその分岐点に設置され、旅人や村人が道を迷わないよう、また旅の安全を見守るために安置されていた。

 地元の人々はこのお地蔵さんを「おしえ地蔵さん」と親しみを込めて呼んでいた。

 阿品台団地造成のため古道のあった谷が埋立てられたため、ふじタウンから阿品に下りる道の傍に安置されている。

 阿品の地域では団地造成等のため、かつての古道の大半が消滅しているが、大野側では当時と余り変わらない状態で残っており、今でも当時の雰囲気を伺うことができる。

 お地蔵さんの横には、由来を詳しく書いた説明板が設置されている。

 地蔵菩薩の手の形にははっきりした決まりは無いが、手に持ち物の無い空手地蔵もあれば、宝珠を持つ宝珠地蔵等がある。持ち物のない場合は「施無畏敬印」か「与願印」と言うのが普通の形である。

 「教え地蔵」は向かって右の手が西の方向を指しており、他に例を見ない形状である。

追記 12月30日 コメント戴いた方の情報
  昔、地蔵さんそばで遊んでいた男の子が、誤って地蔵さんの指を折ってしまった。後にその子が日露戦争で亡くなった時、地元の人は「地蔵さんの罰があたった」と噂したという。
by hirosan_kimura | 2008-12-19 11:43 | 伝説民話 | Comments(0)