№1052 援護関係業務あれこれ
2025年 12月 03日
与えられた業務の中で援護関係業務は限られていたが、その中で遺族会関連・戦没者慰霊祭実施事業等が重要であった。その他、こまごまと雑多な業務が多かった。
招魂社の管理
旧廿日市の天神に「招魂社」と称される神社がある。これは明治以降に国のために殉じた霊が祀られたもので全国各地に設けられている。あまり広くない敷地に玉垣に囲まれた広場と、小さな祠がある。周囲は民家が立て込んでおり、子どもたちには格好の遊び場となっている。経緯は分からないが神社境内を町が管理していた。この業務は福祉係が担当で管理をするよう申し渡された。何となく承服できなかったが、今までの経緯もあり納得できないままに管理を行っていた。狭い敷地なので管理といってもたまに掃除をしたり、玉垣に子どもが乗って危険なので点検したりしていた。それにしても神社境内を行政が管理することは不自然なので、「ちびっこ広場」と位置付けることとし、簡易な遊具やベンチをを設置した。近所の人にたまには掃除をしたり、危険場所があれば町に連絡してもらうこととした。現在でも管理が十分行われているのだろうか。
護国神社初穂料
旧招魂社は昭和14年に改称され「護国神社」となっている。護国神社は各地に設けられ広島では「広島護国神社」と称され広島城敷地の一角にある。この護国神社は内務省の管轄であったが、現在では国の関与はない。
神社の運営費にするためか知らないが、「初穂料」と称して住民から納めてもらっていた。明らかに宗教活動の一環であるが、初穂料の収集業務を町で行っていた。毎年秋ごろになると神社より納金の依頼があった。この事務はとても煩雑で各町内会長に依頼し、町内会分を町内会長がまとめて町に納めに来られた。金額を確認し町内会長あてに領収書を発行していた。町内会数は200以上あったが、次から次に町内会長が来られ対応するのはとても煩雑であった。全町内会分が集まると神社に収めていた。建前は町社会福祉協議会の扱いとなっていたが、現実は町の事務として行っていた。この事務を行政が行うのはおかしいと思いながら、長年の慣習なので異議を申し立てることも無かった。現在では当然このような事務は行っていないだろう。
叙勲伝達
福祉係に所属替えとなった際、ロッカーの引出しに見慣れない勲章が保管されれていた。今まで勲章など見る機会も少なかったので上司に「何故たくさんの勲章が保管されているのか。」と尋ねると「伝達された勲章を受け取らないものだ。」と言われた。
勲章の制度などには触れる機会も無かったので、栄誉ある勲章を引き取りに来られない遺族等があるのが不思議でならなかった。勲章には様々が種類があり、上位の場合は皇居に出向き天皇より叙勲されるが、これは例外中の例外で大半は県を通じて町長等から遺族に伝達される。その都度、遺族に連絡し受領に来てもらっている。大半の遺族は名誉なことと受領に来られるが中には「今更こんなものは不要である。」と引き取りに来られない場合がある。指定日に受領に来られない場合は再度連絡するが、中には「いらないから勝手に処分してほしい。」と言われることが多かった。県に相談しても「返してもらっても困る。遺族等に渡すよう努力してほしい。」と突っ張馴るばかりであるとのことであった。
ある時、町に保管しておいても仕方ないので、取りにに来られないのならこちらから自宅に届けることとした。一度に届けられないのでとりあえず二十人分くらい各家庭に出向いて行った。 しかし、何軒か行っても「いらないから処分してほしい伝えたのに。」と反対に怒られ受け取ってもらえないのが大半であった。中には「せっかく届けてくれたのだから受け取っておこう。」と言われたのは僅かであった。その後、届けてもお互いに気まずい思いをするだけなので、これ以上は止めておこうとなった。残りの勲章等は今はどうなっているのであろうか。勲章をいただいて涙ながらに有難がった遺族。今更、勲章をもらっても仕方ないと恨む人、考えさせられる業務であった。
その他、諸々の援護業務
◎佐伯郡・町内各地区慰霊祭への参列。
◎町社協への遺族会補助金申請。
◎県主催研修会・援護事務説明会への出席。
◎国主催慰霊祭参加者募集。
◎国外激戦地参拝者募集事務。
◎靖国神社参拝者募集・広島駅見送り 10月30日 14時30分集合見送り
参拝者は14時40分広島発、翌5時35分東京着 東京まで実に15時間かかっている。
◎大久野島毒ガス製造従事者健康被害調査依頼。
◎恩給・年金巡回相談事務補助依頼。
◎8月15日 庁舎半旗掲揚・正午サイレン
等々の記録がある。この中で現在も継続中の業務はあるのだろうか。
by hirosan_kimura | 2025-12-03 11:29 | Comments(0)
