№1050 厚生課福祉係の業務   

 昭和45年10月より水道業務から福祉関係部署への移動があったが、当時は厚生課の一係で町の福祉業務全般を担当していた。№1048でもふれたが若い女性事務員との二人で、児童関係・身体障害・戦没者遺族援護・その他の業務を担当することとなった。

 児童福祉は保育所・母子福祉・児童公園・児童扶養手当等の業務があったが、その大半は保育所関係の業務に追われていた。

 障害関係は、障害者に関する諸手当・関係団体への対応。援護関係は遺族会・叙勲関連・遺族年金等の事務があった。

 その他の福祉業務として民生委員・献血・心配事相談・行路人対応と多岐に渡っていた。これらの業務に対応するには国の法律・町の条例等を根拠とし事務を行っていた。児童福祉法・母子福祉法・身体障害者福祉法・戦傷病者戦没者遺族等援護法、及びこれらに付随する関連法があり、町の条例規則等があり、頭がおかしくなりそうである。

 当然、これらの法が全て頭に入るわけもないし,分からないと業務が遂行できないわけでもないが、一部の業務内容によっては法令集・町の例規集と首ったけで行なわければならないこともあった。

 中で一番苦労したのは戦没者・戦傷病者関係の援護法は読んでも読んでも理解できなかった。戦争を体験した人、年長者等であれば理解できるであろうが何を聞いても分からないことが多かった。戦没者は戦争で亡くなられた方、戦傷病者は戦争で怪我や障害を負われた方くらいは分かるが、身分が軍人・準軍属・軍人・文人等に区別されること。手当として遺族年金・遺族給与金・恩給・公務扶助料・弔慰金等とあること。

 雇用形態に雇人・用人・船舶船員・満鉄職員・総動員関係者・戦闘協力者・国民義勇兵・満州開拓義勇兵・現役・予備役・補充兵役・見習士官・見習候補生等と聞きなれない言葉が並んでいた。

 叙位叙勲関係も複雑多岐であった。歌謡曲の「東京だよおっかさん」で「金鵄勲章見せたいばかりに」と島倉千代子が歌っていたので、「金鵄勲章」一つを知っていたくらいであった。勲章一つでも驚くほどの種類があった記憶がある。

 新人者を対象に県庁で研修会があったが、何となく分かったようで分からないままに終わった。援護関係の業務は滅多になかったが、たまに住民が聞きにこられると法令集を調べたり上司に聞く、県の担当者に問い合わせしたりしていた。
 研修会から帰ると上司が「町民が援護関係で来庁されても、これからは少々の事例なら自分で対応できるだろう。」と言われたが「とても一人では対応できません」と答えたような記憶がある。

 第二次世界大戦が終了して30年近く経過し過去のものとなった、戦後処理業務の大半は終了し対応をを必要とする業務は滅多になかった。それでもこの業務には馴染めず、苦労したことが思い出される。

by hirosan_kimura | 2025-11-28 11:40 | Comments(2)

Commented by 元広島県人 at 2025-11-29 18:22
投稿の間隔が空いていたので心配をしておりました。いつも楽しく拝見しています。
Commented by hirosan_kimura at 2025-12-07 09:14
 元広島県人様コメント有難うございます。「ふるさと 阿品 よもやま」閉鎖後、次のブログは途切れなく投稿しようと思っていましたが雑用に追われてついつい横着をしています。返答が遅くなって申し訳ありません。以前のブログは数少ないながら閲覧者がありましたが、このブログは周知もほとんどしていない理由もありますが、閲覧者は殆どありません。内容が万人向きでなく他人の業務内容を書き連ねても、魅力も無く面白くも無いのでしょう。半世紀近く前のことで記録も薄れつつありますが今なら間に合うので記録に残そうと思っています。皆さんの関心の薄い内容ですが、コメントをいただくのが一番楽しみです。ブログに関し感想や質問があればよろしくお願いします。匿名で良いので他の方のコメントが入ればと思います。


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