№1036 半直・日直・宿直
2025年 06月 09日
水道事務所に配属されて何もかも不安だらけであった。水道業務は専門性を必要とすることが多く、果たして自分が業務を遂行できるのだろうか。中でも職員全員が交代で当直行に当たらなければならないことが一番頭が痛かった。
一番最初の宿直業務は不安と緊張で一睡もできない状態で夜を明かしたが、それでも回を重ねるごとに慣れていき、当番が当っても緊張することもなくなった。
宿直の際は昼間の勤務に続き夜勤にに当たっていた。職場から自宅が近い職員は勤務時間が終了すると急いで自宅に帰り夕食をすまし、風呂にも入らず職場に帰り夜勤に当たっていた。自宅が遠い職員はそうもいかず夕食は自分で手配していた。当時は現在のようにコンビニや食堂なども無く、ポンプ場の一角にある仮眠室の片隅で簡単な調理を行っていた。
夕食は各自様々で中には家族が弁当を届けてもらう者、出勤時に家庭から夕食材料を持参し調理する者等様々であった。自分は米を持参し、近くの商店で買い物をし済ましていた。或日の記録を見ると、漬物50円・たくあん40円・味付け海苔30円とあるが、鍋でご飯を炊くのみで貧しい夕食で済ましていたことが分かる。
夕食後は操作盤のメーターを点検したり、必要に応じて送水機等の操作・各施設等の見回り等を行っていた。空いた時間でテレビを見ていたが、ガラス戸一枚隔てて送水ポンプ音が響き渡りとてもうるさく、当初は眠るのも容易でなかったがいつのまにか慣れて行った。余程の異常事態でもなければブザーが鳴り響きことも無く、何とか朝を迎えていた。宿直した翌日も通常勤務で、他の職員が誰か出勤してくるのを待って自宅に帰り、朝食をすますと急いで出勤していた。
現在の水道付近は民家が立ち並んでいるが、当時は民家は僅かで水道事務所の周りは田んぼだらけで離れたところに民家がポツンポツンとあった。前の道路には街灯も無く日が落ちると真っ暗であった。広島方面に職場があり広電宮内駅で降りた乗客が自宅に帰るためにたまに通行人がある程度であった。
当時は時々痴漢が出ることがあった。痴漢の出た翌日には必ずと言ってよい程、警察官が事務所に聞き込みに来られ当直した職員に事情聴取されていた。
民家のまばらな中で、常時職員が一人で当直しているので警察官もすぐに疑うのだろう。夕べ何時ごろは何をしていたか、テレビを見ていればどんな番組で誰が出演していたか、どんなストリーであったかしつこく問い詰められたようである。
いくら問い詰められても何から何まで覚えている筈もなく、その内 警察官もあきらめて帰ったようである。素人が考えても公務員がそんな馬鹿なことをするはずもなく、警察官も行き詰って無駄を承知で聞き込みに来るのであろう。幸い自分は警察官の事情聴取を受けたことは無いが、複数の職員から体験談を聞いたことがあった。
by hirosan_kimura | 2025-06-09 11:10 | Comments(0)
