国民年金は40年保険料を納めても月額68,000円程度でこれでは食べて行けない、これは生活保護費にも満たないなどと報道されることがある。
制度が異なるので単純に比較できないが、廿日市の65歳一人暮らしの生活保護費は69,000円程度である。これだけ見ると僅かに保護費が上回る程度であるが、生活保護では借家に入居していれば家賃、これに加えて冬季は灯油代等の加算、その他僅かではあるが特例・経過的加算等もある。その他、医療・介護保険の扶助があり、健康・介護保険料は免除され、医療介護受給の一部負担も不要で公費負担である。
職場を離れて長年経過するので、現在では制度も大きく改正されていると思われる。直接生活保護事務を担当はしていないし、遠い記憶をたどっているので中には記憶違いがあるかも分からない。
当時は保護を受給するためには、テレビ・冷蔵庫等は贅沢品のため保有は認められない。自家用車などは論外。持ち家は処分すること等厳しかった。親族があれば支援してもらうこと。預貯金があれば先ずそれらを活用する。
持ち家があっても居住用最低限であれば認められ、必要以上の家屋であれば処分すること。自家用車は通勤・通院等に必要で、ただし安価な車で認められるが、豪華なものは処分すること。
テレビや冷蔵庫はその後、生活必需品として認められるようになったがカラーテレビは贅沢品と言われる時代もあった。
エアコンなどの空調機も、生活保護世帯でエアコンなどとんでもないと言われたが、今では生活必需品と認められている。
預貯金などは各金融機関に照会し残高が無いか確認できたが、各親族に資金的援助の支援を要請しても、「支援したいのは山々だが、金銭的に苦しくて支援できない」と言われればそれでお終いであった。
保護申請に来られても要件に適合せず断ったり、「保護費が安く生活できない」など訴える人もあったが、チラシなどで「福祉が人を殺す」「冷たい福祉行政」などと宣伝され、悔しい思いをすることが多々あった。現在ではどうであろうか。
年金は高齢者が増え続き、これを支える人は減り続き、このままでは年金制度が破綻するとまで言われている。先年、ずさんな事務で納付記録が欠落し大騒ぎがあったことがある。その後、様々な改善が行われ「この後、年金は百年安心」と豪語した大臣があったが、百年どころか、早くも制度の危機が危惧されている。
昭和の終わりに「1.57」ショックと丙午の年を下回る出生率低下で大騒ぎをした。その際、人口学者が「このままの出生率で行くと、日本の人口は半減し、予想もできない超高齢社会を迎える」と予想した。政治家は「机上の空論である」と問題にしなかった。
今では予想を上回る高齢化と少子化で大騒ぎをしている。