役場は毎日、多数の町民が様々な用件で来庁される。中には以前紹介したが全国を放浪される町民以外の方が稀に来庁される場合もある。来庁者の大半は各申請や相談等に来られるが、中には苦情や何かの言いがかりに来られることもあった。特に福祉関係部署は役場の苦情受付窓口と勘違いしておられるのではないかと、様々な来庁者がたくさんあった。
これらの方の大半は相手の言い分に沿って説明しても、自分の都合の良い回答でなければ大声をあげたり、こちらが身の危険を感じるような行為に出る人もあった。中にはいくら説明してもきりがなく長時間居座る人もあった。
当時は新米で経験も少なく、通常の受付事務等には対応していたが、少し難しい案件の場合は上司の方が対応していた。上司の方からは「いずれはどんな難しい例でも、冷静に対応しなければならないので、上の者がどのような対応に当たるか勉強するように」と言い含められていたので、自分の仕事をしながら傍で観察していた。
生活相談者
当時は現在ほど経済が発展していず、生活苦を訴える人が多かった。生活保護の相談に来られる人も多々見られた。現在では生活保護は国民の最低生活を保障する、法で定められた国の責任だと抵抗なくなっているが、当時は生活保護を受給するのは恥ずかしいこと・保護を受けようものなら親戚中の恥と、つまはじきにされるというような風潮であった。現在は生活保護受給を気軽に受けられるが、当時は人目を気にしたり、恥を忍んで相談に来られる状況であった。
そういう状況であったので、よほどの覚悟で相談に来られたのであろうが、保護受給には様々な要件があり現在と比較にならないほど厳しいものであった。相手の話を聞いて同情に耐えない場合でも、法の決まりに当てはまらない場合は、受給資格が無いと伝えなければならないが相手は必死の思いで食い下がらず、しばらくすると涙を流して泣き続けられる場合があった。しまいには話すことが無くなったも座り込んで泣き続けられる人もあった。
事情の分からない人が見れば、役所の人間は何と冷たいのだろうと思われるかも分からない。その内、あきらめて帰られるが泣きたいのはこちらである。
飲酒して来られる場合
現在では昼間から酒を飲むような人は稀であるが、当時はそのような人は珍しくなく、仕事にも行かず家族を泣かすような例は珍しくなかった。そのような人は家族から相談があり、何とか酒をやめさせてほしいと来られていた。本人が素面の時、来てもらい説得に当たり「仕事にも行かず酒を飲んで家族が困り果てていること。主人が働かないので金銭に困り、奥さんが働いたくらいでは食べ物にも困っている。子どもさんが惨めな思いをしている」等、時間をかけて話をすると神妙な顔で、働きにも行く・二度と昼間から酒を飲まないなど約束しても、すぐ元の状況に帰ってしまう。酒を飲んで暴れたり、暴力を振るうようであれば、強制的に入院等出来るが対応が難しいものである。二度と飲まないと約束しても昼間から酒を飲んで、「酒代が無いので貸して欲しい」と大声で出していた人はその後、どうなったのであろうか。
心を病んだ人
心を病むのは病気で本人に責任は無いが、何人かは窓口に再三来られ支離滅裂なことをしゃべくり廻し、その対応に苦慮したものである。この人たちには言動にむらがあり、何もないときにはごく普通で「役場の人にはいつもお世話になります。いつも感謝しています。」など言った矢先に怒鳴り込んできて、罵詈雑言を言い放ってこれが同一人物かと思えないような状態で、そのようなときには本人に言いたいだけ言わせて、心が落ち着くのを待つしかなかった。下手に説教じみたことを話すと、これをきっかけに手に付けられないほど暴れまくることもあった。
心を病んだ人の対応はとても難しく、専門家でないとどう対応してよいか分からないくらいであった。役場の対応は大変であったが、同居する家族の気苦労は想像できないくらいであった。本人への対応、隣近所への気遣いも容易ではなかったであろう。
当時でも心を病む人は多数あったが、現在は当時とは比較できないくらい多くの若者が心を病んでいるそうであるが、何が原因であろうか。
反社会的な人
現在ではどのように呼称すればよいか分からないが、当時は「組」のひとなどと言っていたが、体の一部に入れ墨をしたような人が来られることもよくあった。何の要件で来られるということでなく、なにかにつけてイチャモンを付けて、大声で叫びまくる人があった。
この人たちの言い分を聞いて説得するなど不可能で、大声を上げるのを黙って聞いて、相手がシビレをを切らすかあきらめるのを待つしかなかった。怒鳴り込んでくるのは組でも大物でなく、くらいの下の方の人ばかりと聞いていたが、大声を出せばこちらがビビりまくるとでも思うのか、相手の言い分に何を答えても大声で反論していた。
当時は余りにも大声で威嚇するので、警察に通報しては上司に行ったことがある。
上司の方が言われるには以前、警察署に相談したことがあったが「大声を出すだけでは警察署は対応出来ない。手を出すか暴力的な行為があれば警察署に通報してほしい」との見解だったそうである。
警察署の見解が分からないわけではないが、相手が暴力を振舞って通報したのでは、警察署員が駆け付けた時にはこちらが大けがでもした後では無いかと思った。その後、法が変わったのか見解が見直されたのかは分からないが、大声で威嚇しただけでもすぐ駆け付けることになったそうである。これにより対応が随分楽になったと聞いた。
これ以外にも様々な例があり、ごく普通の人達でも役所の行うことがことごとく気に入らず、何でもないことでも役所に怒鳴り込んだり、長々電話をしてきて仕事に差し支えたり、言い返せばそれをネタにまた、長々と苦情を言いまくる人があった。このような人はそれぞれの地区に散在しており、この人来客したり、電話がかかると無下に断るわけにも行かず、長時間の対応を覚悟しなければならなかった。
これらの上司の対応を傍で聞いて、いずれかは自分が主体となって対応しなければならないかと肝に命じていたが、後に思いがけず福祉担当部署に配置され様々な経験をした。
入れ墨をしたような人が怒鳴り込んで震え上がるような思いもしたが、上司の対応を見て様々な経験・勉強をさせてもらったおかげで何とか乗り切ることが出来た。懐かしい思い出である。