昭和39年10月31日、廿日市町長選挙が行われた。阿品の投票所は阿品公民館であったが今の公民館でなく、国道に近い阿品部落の進入路沿いにあった集会所である。
投票当日は早朝に集合しなければならないため、投票所の設営は前日の午後三時ころから行った。準備を行ったのは鰆浜の長門さん、阿品の瀬土さんとの三名で行った。
最初に板の間のふき掃除を行い、土足で上がれるよう床全面にゴムマットを敷き詰める。受付・立会人用の机と椅子、記載台、投票缶用台等を所定の場所に設置。
その他掲示用の張り紙、や事務用品の点検を行い2時間余りで準備は終了した。これで終了かと思ったら、少し待っているように言われるので何があったるのかと思っている。すぐそばに自宅のある瀬土さんが、お酒ととつまみを持参され話をしようと言うことであった。
よく聞いてみると、投票所の準備が終わると酒を酌み交わすのが習慣で、これが楽しみであったそうである。今までは阿品から役場に勤務するのは二人だけであったが、これからは生まれも育ちも阿品同士三人で仲良くやっていこう。と言うこととなった。
役場に勤務して一年半余りであるが、投票するのも会場の設営も初めてでなにもかも一からの経験であった。そのうち投票所の責任者になることもあるので、良く頭で覚えるように言われた。お酒を飲みながらいろいろなことを教えてもらったが、その中に「しかまえ」と言う言葉が良く出るので何のことか聞くと、「しかまえとは選挙前に投票所の設営を行うことで(仕構え)の文字である」と教えてもらった。
初めて聞く言葉であるが、このようにお役所っ独特の言葉が結構あるものだ。その後、投票事務や様々なことを教えてもらったが、平素の業務ではなかなか気の付かないことをたくさん教えてもらった。その後、数えきれないくらい投票・開票事務に従事たがこの時教えてもらったことが随分役に立ったものである。
翌31日は6時30分に集合し7時から投票作業にあたった。ほどなく立会人の二人の方が来られる頃には、気の早い投票する人もボチボチ来られる。
投票前に見落としは無いか最後の点検を行い、ラジオの時報を合図に7時ピッタリに玄関を開ける。最初に一番最初に来られた投票する人と、立会人の方に投票箱の中が空であることを確認してもらい蓋の施錠する。
受付では入場券と選挙人名簿を照合し、入場券と名簿に割り印を押し、投票用紙を交付する。一人の人に二枚渡していないか来場者の人数と投票用紙の余りが合っているか時々、照合してみる。
立会人は地域で信望の厚い人にお願いするが、一日中 座りぱなっしも大変でお願いしても断られることも多かった。中にはいつでも声をかけてくださいと言う人もあったが、そういう人の限って、後で地域の人に「なんであんな人に頼んだのか」と苦情が出ることが多かった。
当日の有権者は、廿日市町全体で13,519人、阿品では僅か381人であった。阿品の有権者が少ないようであるが、当時の阿品は田んぼの中に農家が散在しているようなのどかな地域であった。自分の記憶の範囲では阿品全体で100世帯前後、人口500人前後と言う時代が長く続いた。人口が増えたのは団地の開発が始まってからである。
投票時間は7時から夕6時まで長時間であるが有権者が少なく、その中で投票者は更に少ないので、投票所に投票人が誰一人いないという時間も結構あった。
投票が始まってしばらくは来られるが、しばらくすると誰も来られない時間があり、昼前に少し来られ午後になると誰も来られない時間が続き、投票所の閉まる前ごろ少し来られるような状態である。
投票に来られる人は、生まれも育ちも阿品の人ばかりで大半が名前と顔が一致する人ばかりであった。たまに見かけない人が来られると「何処の誰だろう」と噂しあったが、このような人は極まれであった。
このような状況であるので、立会人も投票事務に当たる者も暇を持てあます時間が結構あった。いくら人が来られなくても席を外すことも出来ないので、世間話で時間を潰すこともあった。
時には一時間以上誰一人来られないこともあった。すぐそばに従兄の家があったので、週刊誌や雑誌を借りに行き皆で読んで時間を潰すこともあった。
夕6時を過ぎると大急ぎで最後の作業を行った。立会人に立ち会ってもらい、不在者投票の封を切り中の投票用紙の数を確認しながら投票箱に入れ、施錠していた。
投票者の数と、残りの投票用紙の枚数が整合しているか確認する。数が合うのが当たり前であるがあった時はほっとしていた。
7時から7時半くらいから開票作業が開始するので大急ぎである。開票所は中央公民館が整備されるまで廿日市小学校の講堂で行っていた。
長門さんは投票所の管理者で、投票録・投票缶を開票所まで、立会人一人同行の上大急ぎで運ばれた。残りの物は会場の掃除。後かたずけを行い帰宅していた。
この時は上司の方の言われることをそのまますればよかったが、後に投票管理人に指名されることが多かったが、投票が終わるまで気が抜けなかった。また投票事務のみでなく開票事務まで従事していたこともあった。この時は最後の一票が合うまで解散できず、ある時は前事務が終了した時に東の空がうっすら明るくなることもあった。
この選挙では、新人豊田正夫氏6,068票で当選。現職中島勇夫町長は4,962票で落選。投票率82.34%であった。
ちなみに阿品公民館は有権者男178人、女203人 計381人。 投票者男126人、女156人、計282人。 投票率男70.79%、女76.85% 計74.02%であった。
町全体の投票率に比べ、阿品では投票率が低かったが、それでも現在と比べると高投票率であった。