№1010 あまり知られていない業務(2)   

 ある時、住民より阿品の田尻海岸に水死体が漂流しているとの通報が入った。急遽 上司の人と現場に行ってみると女性がうつぶせになった状態で漂っていた。顔は見えないが長い髪の毛が波でユラユラし、誠に見るに堪えないような状態であった。

 現場は調度、廿日市町と大野町との町境で、地域の人達が鼓ヶ浜(つつみがはま)と呼称する海岸で堤防から手を伸ばせば届きそうな海岸沿いであった。何故このように町境ぎりぎりに漂流しているのか不思議なくらいであった。と言うのも身元不明者の遺体処理は、発見された町村で行わなければならないからである。廿日市側にあるのと大野町側にあるのてでは後の作業が大違いであるからである。

 誰ともなく「潮の流れで大野町側に行くかもわからない。」とのことで暫く静観していたが、一向に動く気配がない。誰も見ていないので竹竿等で動かせて、大野側に移動させようかなどと不謹慎なことを言う者もあったが、そのような粗末なこともできないので、警察署に通報し廿日市町で対応したことがあった。様々な体験をしたが何故か忘れられない思い出の一つである。

 警察に通報するとお医者さんが来られて検死を行うが、現場で行う場合と警察署に搬送して行うこともあった。何故このように対応に差があるのか分からないが、明らかに死因が判明すれば現場で、より詳しく調べなければならない場合は警察署にで行っていたのかも分からない。当時、廿日市警察署では本庁の裏側に柔道や剣道を行う部屋があり、そこで検死を行っていた。検死される医師は警察署に近かった山田医院の先生であった。死体は大抵目を閉じているが、顔写真を撮影するのに目にガラスの義眼のようなものを入れていた。義眼を入れるとじっとこちらを見つめられるようになり、ゾッとしていたことを思い出す。

 山田先生は物腰の優しそうな先生であったが、手慣れた様子で死体をあちこち検査されるので「先生 死体を触って恐ろしくないのですか。」と聞くと、「死体は何にも悪さをしないので恐ろしくない。生きた人間の方が恐ろしい。」と言われたことが印象に残っている。

 住民課厚生係に在職したのは2年間のみであった。身元の分からない人の対応は直接自分の職務でなく、人手の足らないときのみ手伝っていたので上司の指示のまま動けばよかったが、一番若手と言うことで何かと手伝わされるので、この職場を移動したときはうれしかったことを思い出す。しかし五年半後に再びこの業務を担当することになったのも、運命のいたずらであろうか。役所では平素の業務と異なったことがあれば「特殊勤務手当」が付いた。当時の記憶ははっきりしないが、死体処理業務は一件300円か500円であった。お金の価値は当時とは比較できないが、いくらたくさんの手当てがあってもこのような体験はしたくないものである。

 在職中に若い職員にこの業務の話をすると「冗談でしょう」とか「本当にそんな仕事をしていたのか」と疑いの目で見られることが多かった。役所の中でも当時のことを知って居たり、体験した職員は殆どいなくなってしまった。遠い昔の体験である。

by hirosan_kimura | 2025-01-26 11:26 | Comments(0)

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