素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№777 小さな駐車場

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 阿品地域では田畑が埋め立てられ宅地化が急速に進んでいる。最近JR駅すぐ傍の畑が埋め立てられ住宅地となっている。
 
駅のすぐ傍で便利は良いが、あまり広くなくその上、変形の細長い敷地である。
 
あまり広くないので3棟くらいの建物が建つのかと思っていたが、敷地が5分割された。


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 すでに3棟の建物が建てられ、1棟は入居済みである。2棟建築中であるが完成間近かである。もう1棟は空地であるが、地面に建物の位置が示されているので間もなく着工されるであろう。

 残りの1区画は数坪しかなく、とても建物が建つ広さもなく何が出来るのか不思議に思っていた。

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 この狭い敷地に何が出来るのか不思議に思っていたら駐車場が作られていた。

 とても狭い敷地なので3台しか駐車できない。2台は普通車が並列駐車出来るようになっているが、1台は斜めに駐車しそれも軽自動車しか駐車できない。

 駐車料金は8時から20時までは30分100円、20時から翌8時までは30分で100円となっている。入庫から24時間までは800円となっている。

 完成して間が無く十分周知されていないのか、今の所車が駐車していることは余りないが、JR阿品駅のすぐ傍なのでPRが行き届けば、この駐車場を利用する人も多くなるであろう。


 それにしても、狭いとは言え用地を購入し、施設を整備すればかなりの初期投資が必要だったと思われるが、たった3台分の駐車料金で経営が成り立つのか心配するのは素人の杞憂であろうか。

Commented by BLUE at 2019-04-12 11:25 x
はじめまして。最近おしえ地蔵の桜を見に行った際に気になることがありました。
おしえ地蔵の背にある斜面上に野村ホームという看板がある家があり、その下の斜面の木が伐採され、その斜面の下に祠らしきものがありました?

あれは昔からあったものなのでしょうか?ご存知でしたら教えてください。
Commented by hirosan_kimura at 2019-04-13 09:27
このブログはネタも無くなり最近は投稿していません。閉鎖しようと思っていながら、僅かではありますが閲覧者もあり残して欲しいとの声もありそのままにしています。阿品の古いことに興味をもっていただき有難く思います。天文24年(1555年)に厳島合戦がありました。この際、阿品の海岸に流れ着いた戦死した武士を弔った墓や五輪塔が山裾に散在していました。宅地開発で消滅するこれらの五輪塔等を今は亡き阿品の篤志家の方が一か所に集め供養されたものです。詳しいことはこの方の息子さんが近くに御健在ですから聞くことも出来ます。
Commented by BLUE at 2019-04-13 10:43 x
お答えいただきありがとうございます。すぐ横が民家なのでじっくりとほこらを
見てはいませんがそういった経緯があったのですね。

最近は阿品2丁目はどんどん田畑がなくなり宅地となっていき様変わりしていく中で昔はこういった光景で暮らしがあったとここを拝見する度に新たな発見ができます。

とても貴重だと思いますので是非とも今後も残していただきたいです。
Commented by 阿品台二丁目の者です。 at 2019-05-17 21:25 x
はじめまして。長くこのブログを楽しませてもらってました。
いちおう残されるということですが、ブログサービスが終了したときの転載先などは託されてるのでしょうか?
よければ私がバックアップ取らせていただきたいのですが・・・
それか中国新聞社さんみたいな確かに保存してくれる業者さんなどはいかがですか?
ブログサービスなどがよく終了することがあり、とても貴重な地元史なので心配になってしまって(笑い)
急な話ですいません。

追伸
世界の各地で大水害が起きてて、国内じゃ報道規制があるようですが、ウォンツの近くの調整池や、ナフコの下のため池が心配です。
Commented by hirosan_kimura at 2019-05-18 05:46
> 阿品台二丁目の者です。さん
面白くもないブログを閲覧いただき有難うございます。私はメカに弱いので難しいことは分かりません。終了後の転載先の委託等については考えていません。このブログは貴重だから何かの方法で保存し誰でも見れるようにと言って頂く方もありますが、内容にうその記述があるとか、その他批判される方もあります。ネタも無くなり止める止めると言いながら長期休んでいます。自分でも止める決心も付かず、当面このままにして置きつまらない記事でも、思い出したように投稿しようかと思っています。バックアップについてはご自由にしていただいてよろしいですよ。このブログについては批判される人がある中で、つたない内容でありながら「貴重な地元史」のご意見はとても有難いです。数人でも良いのですがたまに集まり、阿品について歴史を調べたり語り合えるような場を作れればといつも思っていますが、一人の力ではどうしようもありません。
Commented by 阿品台二丁目の者です。 at 2019-05-19 09:17 x
バックアップ許可ありがとうございます。

私は阿品台育ちですけど、親が呉出身なので地元の事はほとんど知らないんですよね。

監視山(環七山)って呼ばれてる山は、僕は30年前の小学生の頃に虫歯丘って名付けていました。
最近、同じ場所に行ったら、雨で削れて小さくなったのか、はたまた私が大きく成長してるのか、監視山の丘が小さくなっていましたね。そばに携帯アンテナ基地局が建っていましたし。

亡くなった父がイタドリと呼んでいましたけど、同級生はカッポンって呼んでいた草を食べていましたけど、回虫にやられておなかが大変なことになったりしました(笑)

私は少しだけ絵が描けますけど、地元紙に参加出来るのかな?って思いますが、お給与はどうなるんですかね?(笑)
無償ボランティアの場合だと家庭不和になってしまうので・・・。

家が阿品台2丁目の端っこなので、鰆浜の谷がよく見えます。こちらのブログはボリュームがあって読み応えがあってうれしいです。
Commented by hirosan_kimura at 2019-05-20 05:26
> 阿品台二丁目の者です。さん
コメントありがとうございます。現在投稿していませんが毎朝開いて確認しています。目新しいものはありませんが閲覧者が結構あり、たまにコメントが入っているととても嬉しいです。私は阿品三丁目に住み始めて二十年経過しましたが、それまで阿品台二丁目に住んでいました。お宅は二丁目の端っことのことですが私の住んでいたのも二丁目の端っこで、阿品台一丁目側でした。監視山を「虫歯丘」と呼んでおられたのは初めて知りました。この山を「プリン山」と呼んでいたと教えていただき以前記事にしました。教えていただいた方は阿品三丁目の方で、現在東京に住んでおられますが、ひょっとしたら同年代の方かも分かりませんね、
by hirosan_kimura | 2018-12-19 11:42 | 交通 | Comments(7)