№707 地宮館2   

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 「706 地宮館」を見た方より珍しい写真を提供していただいた。このような写真が残っていたとは思いもよらないことである。右下に「松本若次」撮影とあるが、地宮館を絵葉書にしたもので左上に「地御前海水浴場ト魚掛舟」とある。

 左の瓦ぶきの屋根が地宮館の建物で、後に国鉄の保養所となり昭和40年代頃までは残されていた。国鉄の職員のみでなく地域にも開放され、宴会や研修などで利用されていた。この建物の前に海にせり出したように「桟敷席」があった。これらの施設には覚えがあるが、中央より右側の施設には記憶がないので早くから取り壊されていたのかも分からない。

 ちなみにこの写真を提供して頂いた方の祖父が撮影者「松本若次」さんで、若次さんの奥さんは私の父の姉に当たる方である。
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 この写真も「松本若次」さんが撮影され絵葉書にされたものである。管弦祭前にお宮前の砂浜を「お洲堀」をしている風景であるが、驚くほど沢山の人々が行事に参加しておられる。海岸沿いの「桟敷席」の様子も良く分かる。右下には浮き輪を持った海水着姿の子どもも見られる。
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 この写真は地御前出身で東京に在住して居られる方が、昭和44年1月に帰省された時に撮影されたものである。

 地宮館の建物で後に「鉄道会館」と呼ばれていた施設の様子が良く分かる。この建物は今では取り壊されて跡地にはどこかの会社の研修施設のような建物が建てられている。

 写真手前は暗くてよく分からないが、夏の海水浴シーズンのみ宮島線電車が停車していた「地御前海岸」臨時停車場である。小学校に登下校時にはいつも目にしていた懐かしい風景である。

by hirosan_kimura | 2015-04-20 07:23 | 娯楽 | Comments(0)

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