素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№474 稲の収穫

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 明治17年(今から128年前)の地御前村の「稲 概況調べ」によると

一 品名         早稲 
一 作付反別      壱町弐反五畝
一 一反歩見積産額  壱石七斗壱升

一 品名         中稲
一 作付反別      五拾七町壱反三畝
一 一反歩見積産額  壱石七斗八升

一 品名         晩稲
一 作付反別      拾五町九反七畝
一 一反歩見積産額  八斗九升

とある。反当たり算出額は、今と比較するとどのように差異があるのであろう。

 補足説明として

 本年の作毛は播種以来、気候平穏 晴、雨適度、頻年乾燥に苦しむ山田と〇も〇秋時を得、日を追て成長し、七・八月間降雨、稀にして一時用水に貧と〇も溜池水を濯いて旱害に給し生長を全せしに、八月二十五日暴風雨の為、少しく害を蒙りすさまじく続て北風吹て、気候凄冷の為に中晩稲は少しく吐穂の季節に晩し、随て充分の豊熟を得ざりし処、忽ち気候復常遂に大害に至らす、近来相当の平作を得たり。 早稲は其全分を刈蒦し不日中稲刈りの着手に及べり。

 毛筆での記録のため判読が不能な文字もあるが、

 「本年は稲の種を播いて以来、気候は平穏で晴れも多く雨も適度に降り、例年は水不足に苦しむ山田において収穫の秋を迎え日を追うごとに良く生長している。

 七月・八月には雨が少なく水不足もあったが、溜池の水を使って稲の生長を促すことが出来た。

 八月二十五日には暴風のため少し害を蒙った。北風がすさまじく続いて気候が冷たかった為、中晩稲は穂が出るのが遅れたが、気候が持ち直したので大きな害には至らず、平作を得ることが出来た。

 早稲は充分稲が実り、近日中に稲刈りに着手することが出来るに至っている。」

 おおよその説明は以上のようなものであろう。
by hirosan_kimura | 2012-07-23 15:39 | 農業 | Comments(0)