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by hirosan_kimura

№468 藁屋根

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 藁屋根の家は、今では余程田舎にでも行かないと見られないが、昭和30年代か40年代の初め頃までは、阿品でも藁屋根の家が1・2軒残っていたような記憶がある。

 古い時代の阿品では全部の家が藁屋根であったが、他より阿品に移り住んで瓦葺きの家を新築されたり、藁屋根の家が古くなって瓦葺きにし、段々と藁屋根の家は少なくなって行った。

 昭和の初めごろ、阿品には30軒余りの民家があったが、その内10数軒が藁屋根の家であったらしい。

 藁屋根は何年かすると藁が朽ちて葺き替えが必要である。飛騨の白川郷の合掌葺屋根の葺き替えは、大勢の人が総出で屋根の葺き替えを行う映像を見たことがある。

 阿品の家は規模が小さく比較出来ないにしても、屋根葺きの際は大勢が取り掛かって行っていただろうと想像していたが、ある人から聞いた話しでは少人数で行っていたらしい。

 屋根の葺き替えを行う時は、地御前から屋根葺き職人に来てもらいその人の指示を受けながら、家族のみか親戚の人に手伝ってもらうくらいで少人数で行っていた。地御前の職人さんの都合がつかない時は、大野から職人さんに来てもらうこともあったそうである。

 屋根葺きにはたくさんの藁を必要とするので、平素から納屋の屋根裏に藁を貯めておき屋根の葺き替えに備えていたそうである。

 屋根の葺き替えは一度に全部行うことは大変なので、一年目には四方ある屋根の一面のみ行い次の年は別の面を行うと言うように、四年かかって全面の葺き替えを行ったそうである。

 藁は麦わらを使うのが通常であるが、稲の藁を使用すると長く持たなかったそうである。阿品の農家では牛を飼っており田畑を耕したり、牛小屋の敷き藁を肥料にしていたが、刈り草のみでは餌が足らないため藁を刻んで飼料にしていた。

 刈り取った藁は屋ね葺きにも必要、牛の飼料にもしなければならないので、余り規模の大きくない阿品では藁を貯めるのが大変だったらしい。藁屋根を葺き替えるのに一度に全部葺き直さず、四面の屋根を一面ずつ年を変えて行っていたのは、藁の確保が難しかったのかもしれない。

 それにしても屋根の葺き替えは大仕事で、葺き替えの日の前から準備が大変だったらしい。特に炊事場の上の屋根を葺き替える時は大変だったそうである。

 炊事場は火を炊くため天井が無く、葺き替えのため藁を取り除くと青空が見えたそうである。葺き替えの時、藁屑やほこりが直接落ちてくるので、葺き替えまでに炊事道具を片つけたり覆いをかぶせたりしていた。葺き替えが済んだ後の掃除や後片付けも大変だったらしい。

 それでも藁屋根の家は、冬は暖かく夏は涼しかったそうである。しかし藁屋根の葺き替えや手入れが大変で、藁屋根の家も阿品からすっかり無くなってしまった。
by hirosan_kimura | 2012-06-10 15:47 | 衣食住 | Comments(0)