素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№400 海岸沿いの道路

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 古い時代の阿品では海岸沿いの道は無く、地御前神社西側より「光の園」奥付近の山を越え、鰆浜(阿品一丁目)の谷を下り現在の阿品台下水処理場付近を通り、みの越を越え阿品(阿品二丁目)の谷に入っていた。

 阿品の谷を奥に入り、現在阿品台の調整池のある下の谷を遡り山を越え大野方面に抜けていた。谷の分かれ道には旅人に道を教える「教え地蔵」が安置されていた。

 この「教え地蔵」は阿品台住宅団地造成の際、地元の人の手により阿品公民館の裏手に移転安置されている。

 当時は阿品付近の海岸を通行するためには道がないため、潮の引いた時に海岸を岩沿いに通行していたと伝えられている。

 この図は文政7年、今から180年くらい前に描かれたものであるが、地御前神社西側海岸沿いの道路が、中央やや右側の沖山裏側を通り抜けた道路が、海に出た所で途切れている。

 右端の小島は「火立岩」であるが、道が途切れた地点から「火立岩」の間は山が海に落ち込み崖のようになっている。今のバイパス出口陸橋の橋脚がある付近である。
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 この図はいつのものか分からないが、地御前神社西側海辺に石積みの道が描かれている。

 途中で道が途切れているように見えるが、沖山の裏側を抜け右端の「火立岩」付近も小さな道が通り、鰆浜(阿品一丁目)方面に通行出来るようになっている。

 明治12年に旧国道が整備されるまで、阿品付近海岸沿いはこのような小道を人々が行き来していたのであろう。

 地御前神社西側の海沿いに大きな松の木が描かれているが、この松は民家の傍に大きくそびえていた記憶がかすかに残っている。いつ枯れてしまったのかは分からないが、何百年も生きながらえた巨木がほんの数十年前に枯れてしまったのである。
by hirosan_kimura | 2011-08-29 11:24 | 道路 | Comments(0)