素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№391 海の漂流物

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 昔から海には様々な漂流物がある。色々調べていたら面白い記録があった。

 明治33年8月2日(今から111年前)、午前8時頃田尻海岸で阿品の木村新次郎という人が竹籃の漂流物を発見した。この中には{鰒と魚偏に郎の字}の魚十六匹が入っていた。ふぐのことだろうが良く分からない。この漂流物は翌3日に大野村の上野他人吉と言う人に引き渡されている。上野は現在宮島口でアナゴ飯で有名な店であるが、多分この店を創設された方ではなかろうか。中に入っていたのは「ふぐ」でなく「あなご」だったのだろうか。

 明治44年6月28日午前一時頃、木村連という人が長さ壱間の艀舟(はしけか?)が漂流しているのを発見し地御前村役場に報告している。これは7月5日に村役場より広島水上警察署厳島分署に届出が出されている。評価額は参円とある。この舟は所有者が見つからなかったのか。一年以上経過した大正元年10月11日に発見者に引渡されている。

 大正7年12月20日午前7時頃、同じく木村連と言う人が阿品新開沖に松丸太三本が漂流しているのを発見している。12月24日に村役場より水上警察署厳島分署に届出られ、評価額拾五円とある。

 大正12年8月11日午前10時頃、鰆浜海岸で木村幸一と言う人が、短刀1、越中ふんどし 1の入った包みが漂流しているのを発見し、8月18日に村役場から水上警察所に届出られている。評価額は五拾銭とある。

 良く調べればその他面白い漂流物が有ったかも分からない。

 広島に原子爆弾が投下された際は、阿品の海岸にはたくさんの死体が漂流してきた話を聞いたこともある。

 ちなみに連と幸一は兄弟で、新次郎はその父親である。
by hirosan_kimura | 2011-06-19 10:51 | その他 | Comments(0)