素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

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 今から57年前の小学生5年生が阿品の海岸の海草を集めたもので、名前も不正確・不明なものも多いので標本としての価値はないであろう。

 今の小学生でこのようなことに興味ある子どもがいて、阿品の海岸の海草を研究をしてみれば面白いのでなかろうか。
by hirosan_kimura | 2012-04-30 14:25 | 植物 | Comments(0)
e0125014_1620184.jpg みどり糸すじのり





e0125014_16205074.jpg もさやなぎ





e0125014_16211844.jpg わたのり





e0125014_16215384.jpg 糸あおのり





e0125014_16222110.jpg 糸ほんだわら







e0125014_1624381.jpg 糸白も






e0125014_16433686.jpg 赤えだわかれ





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by hirosan_kimura | 2012-04-29 07:26 | 植物 | Comments(0)
 小学校5年生の夏休みの宿題で、家の前付近で採集した海草を押花にした物が出てきた。小学生の作品なので正式な標本の作り方も分からず、海草を真水で洗い新聞紙にでも挟んで乾燥させただけのものである。

 もう少し丁寧に広げて乾燥させれば良いものを適当に標本にしたので、糸のように細いものは丸まってこれが本当に海草であったのか分からないようなものもある。

 その後の保管も適当なもので元の色が脱色したようなものもある。しかし57年も前の作品が良くのこっていたものと感心する。

 全部で44種類あるが本気で探せばまだまだ他の種類もあったかも分からない。今のような立派な海草図鑑がある訳でもなく、大半の物は名前が不明となっている。名前が記録してあるものでも大人たちが適当に呼称していたものもあろうし、正式な名前でないものもあるであろう。

e0125014_15432897.jpg うみとらのお





e0125014_154411100.jpg おおあさ





e0125014_15444225.jpg おおほんだわら




e0125014_1545369.jpg おごのり
 この海草は良く食べていて、子どもの頃には「おかず」にするのでチョット採って来て欲しいと、親から頼まれることがあった。堤防の下の方で採れていた。



e0125014_15452540.jpg かきじまこんぶ




e0125014_15454666.jpg てんぐさ
 この海草は今でも良く見られ、三丁目の海岸で採っている人を見かけることがある。



e0125014_1546988.jpg ひとまつ




e0125014_15464325.jpg ひらあおのり




e0125014_15471584.jpg べにすじのり





e0125014_154744100.jpg ぼううみいちご
 海草でなく、軟体動物ではないか疑わしい。


e0125014_1548628.jpg ほんだわら




e0125014_15484456.jpg またぼう
by hirosan_kimura | 2012-04-28 16:18 | 植物 | Comments(0)
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 阿品陸橋の国道とJR線路の中間に陸橋に上り下りするための階段が付けられている。公民館等に行く際に良く利用する階段である。

 この階段を利用する際にいつも気になることがある。階段の中間の踊り場の高さが、JR架線とほぼ同じ目線くらいで、乗り出して手を伸ばせば架線に届きそうである。

 わざわざ架線を触る人も無いであろうが、この架線には高圧の電流が流れているのであろう。

 テレビなどで、電線の下で凧揚げをしたり釣竿で魚を釣ったりするのは危険なので止めましょうと言っているが、この場所は子どもでも短い棒があれば高圧線にすぐ届く。

 この場所のすぐ上は通学路になっている。事故でも無ければ良いがと思う場所である。
by hirosan_kimura | 2012-04-27 11:50 | その他 | Comments(0)

№445 峠(たお)

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 JR線路の奥側に鰆浜から阿品に抜ける道路がある。今では自動車も通れ舗装もしてあるが、この道は峠を掘り下げ切り開いて道路巾を広くしたものである。

 この道路が出来るまでは畦道より少し広い程度で、地元ではこの道を「たお」と呼んでいた。「たお」とは「峠」の別称らしい。

 元の道より少し位置が変わっているが、以前は左側の家のすぐ傍をギリギリの所で上り坂となっており、現在の道路の上数㍍の所あたりを右側にカーブしていた。

 母の実家が阿品にあったので良く行っていたが、この道は国道を通るより近道なので良く利用していた。夜遅く暗くなって鰆浜の家に帰る時、山道で明かりもなく鰆浜側には火葬場もあったので、気味悪く恐れ恐れ帰ったことを思い出す。

 阿品で葬儀があった際は棺桶を担いだ長い葬送の列が、国道側を通らずこの道を鰆浜の火葬場まで向かって行っていた。

 上の写真の赤い線あたりを旧道は通っていた。
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 この写真は阿品側からのものであるが、現在の道路の上を横切り、左側の階段の上付近に抜けていた。

 古い道路は、現在の道路よりかなり高い所を横切っていた。

e0125014_10491583.jpg この写真の右端が二枚目の写真の階段の上付近にあたるが、僅かに旧道の面影が残っている部分である。
e0125014_1049412.jpg この写真は阿品側に下る手前付近であるが、右側は山の斜面で左側は高い崖となっており、古い道路の雰囲気が残っている。

 阿品の海岸沿いに道路が無い時代、旧山陽道は宮内から奥に入り山陽自動車道がある谷を通り、九州方面に行っていた。

 今から838年前の承安4年9月に今川貞世が都から九州探題として着任する際、地御前神社付近より山路に入り阿品の谷を通り大野方面に抜けた際、この道を通ったと推定されるほど古い道路である。

 極一部分しか残されていない道路であるがが、この写真は当時とほとんど変わらない雰囲気が窺える場所であろう。

e0125014_10502219.jpg この写真は阿品側の平地に降りきった場所である。鰆浜側では旧道の面影は見れないが、阿品側は昔のまま残されている。
by hirosan_kimura | 2012-04-26 12:07 | 地形 | Comments(0)

444 鉄塔

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 鰆浜と阿品境の山のJR線路より沖側に二本の鉄塔が立てられている。

 携帯電話の電波を飛ばす鉄塔らしい。

e0125014_9402669.jpg  阿品側から見て左側の鉄塔は「ジェイフォン株式会社 W阿品東局」とある。この鉄塔は円筒形の筒状の構造で、鉄塔の高さは35mとある。

 完成は平成15年8月とある。













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右側の鉄塔は「株式会社NTTドコモ中国 阿品基地局」とある。鉄骨を組上げて建てられている。

 鉄塔の高さは不明であるが、ジェイフォンのものと殆ど変わらないようである。

 鉄塔脇の看板に「阿品LET新設工事」「阿品IMT撤去工事」、工期は平成24年2月27日~平成24年6月18日とある。何の工事をするのであろうか。







e0125014_9534873.jpg追記
 ブログを見た人よりジェイホンとNTTの写真が入替っていると指摘いただいた。また、NTTの鉄塔は高さ30m。IMTとは現在の第三世代移動通信システムのことでこれを撤去し、LET(次世代携帯電話規格システム)を新設し通信速度を飛躍的に速くする工事と教示してもらった。
by hirosan_kimura | 2012-04-25 06:54 | 通信 | Comments(2)

№443 危険な通路

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 公民館などに行く際、たまに見かけることであるがJR線路と擁壁の間の狭い場所を歩いている人がある。

 この場所は線路がカーブしており、遠くから来る列車の見通しは極めて良くない。この場所を通行する人は限られているが、よく事故が起こらないものとひやひやするようである。
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 この場所を利用する人は、ふじタウンとJR線路に挟まれた僅かな家の人たちであろう。

 この家の人たちが、公民館や阿品駅を利用する際は地図の緑色の道路を行けば良いが、この道は一旦団地の上まで上り坂を上がりまた下がらなければならない。道路も大回りで距離も長くなる。

 黄色い部分を通り線路脇を通れば、僅かな距離でJR駅まで行くことが出来て自分でもその立場になれば線路脇を利用するかも分からない。赤い部分が特に危険な場所である。

 この地域はふじタウンが出来て山側に道路が出来るまでは、他の場所に行くためには道路も無くJR線路を横断していた。正規の踏切も無いが線路を横断するのが生活道のようなものであった。

 昔は列車も少なくこのようなことで済んでいたのであろうが、今は列車の本数も多く下り線側には切れ目無くガードレールが設置してあるので、線路を横切り国道に出ることは出来ない。
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 この地区は明治30年9月に山陽鉄道が開通するまでは、田尻の山が海まで突き出し岬となり、山の下に僅かな平地があるのみですぐ前は海であった。。

 海を埋立て山を削り線路が敷設されたが、危険な通路は赤線の部分である。
by hirosan_kimura | 2012-04-24 06:49 | 交通 | Comments(0)

№442 新宮島駅

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 珍しい写真が入手出来たので「№426」で紹介したが、この写真は古い冊子よりコピーしそれを更にコピーしたもので極めて不鮮明な写真であった。その写真を修整してもらったので、再度掲載して見た。

 この写真は昭和4年に撮影されたものらしいが、阿品~厳島間連絡船は大正14年に運行が開始されている。

 連絡船が二隻停泊しているが、写真では暗くてはっきりしないが、右手から桟橋までの通路の橋脚も覗える。

 遠く鰆浜と阿品境の山は、松の木々が繁っていたのが分かる。
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 左側の連絡船乗場の桟橋先端に、待合室か分からないが簡易な駅舎の建物がある。

 右側の「広電新宮島駅」は大正15年に業務開始している。

 この駅が出来るまでは、連絡船に乗る人々は地御前駅からこの地まで歩いてくるか、自動車で来ていた。この駅の開業により、宮島に渡る人たちの利便性は一層ました。

 駅舎裏側の山々に青々と木々の繁っていた様子が良く分かる。
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 正面から見た写真では「広電新宮島駅」の配置が良く分からないが、斜右上より写した写真で昭和5年頃撮影されたもので、駅の配置の様子が伺える。

 右側の工事部分は、新国道を新設ため山を削っているところである。広電軌道と新国道を沖島橋で交差さすため、山を削り国道の坂道を整備している。

 旧国道は、工事中の崖と広電軌道との間の曲がった舗装されていない道路部分である。

 既に広電宮島線は、宮島口までの軌道もほとんど完成しているようである。鰆浜付近の新国道も殆ど拡幅工事が終わっているようである。

 昭和6年2月1日には、広電宮島線が宮島口まで延長され、阿品~厳島航路・広電「新宮島駅」は廃止され、鰆浜に「広電阿品駅」が開業した。

 新国道は昭和7年3月に五日市~阿品間が完成した。 
by hirosan_kimura | 2012-04-23 09:27 | 交通 | Comments(0)

№441 池洲

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 「№377いけす」でも掲載したが、現在のJR阿品駅前広場の国道に沿って細長い調整池があった。この駅前広場一帯は今でこそ国道と同じ高さとなっているが、広場が整備されるまでは国道より数㍍低い低地であった。

 そのため大雨の際の雨水を一時貯留したり、大潮の際海水で浸水しないようにするための調整池があった。この調整池を地域では「いけす」と称していた。

 いけすは海と繋がっていたため海の魚もたくさん棲息していた。子どもの頃は偶然海の魚が侵入したくさん住み着いているだけと思っていたが、魚を養殖するために国有地である調整池敷地を村が有償で国より借用し管理していたらしい。
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 昭和14年に村が国有地を借上げるために借地料等を取り決めた請書である。

請書
広島県佐伯郡地御前村字阿品新開地内潮廻
面 積       一四四三坪六合弐勺五
壱ケ年使用料金 四円参拾参銭

右ハ昭和十四年四月十日付指令河第六一九号ヲ以テ
第二種区画漁業魚類養殖ノ為昭和十四年
四月ヨリ昭和十九年三月迄五箇年間御許可
ヲ得候に就テハ御命令書の各条項を承諾シ
請書差出候也
 
 昭和十四年四月十四日

評価書
町村名 地御前村
字    阿品新開
地番  二五六五番
地目  潮廻
坪数  一四四三・六二五(約4,850㎡)
一ケ年坪当占用料 三厘弱
一ケ年占用料    四・三三円
出願者住所 地御前村一四一一番地
氏名 佐伯信(当時の村長)
 右之通り評価候也
 
 昭和十四年三月十四日
    評価委員 地御前村助役  益岡春登
      同         書記  中野茂平
by hirosan_kimura | 2012-04-22 09:05 | 地形 | Comments(0)
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 ニュータウンが造成される前の阿品は幾つもの谷が枝分かれし、谷の奥まで耕され田畑があった。

 岩鏡神社側の谷は奥まで続いていたが、右側の谷は余り奥まで続いていなかった。上の写真は右側の谷で今から50年程度昔の写真である。

 家が二軒見えるが、右側の家はこの写真の少し前までは藁屋が残っていたが、取り壊され納屋のような建物となっている。

 中央に見える家も取り壊されているが、一部のみ今でも残っている。左側家の谷の少し奥に阿品の古い墓地があったが、ニュータウン造成の際ふじタウンの一角に移転している。

 右側の納屋の建っている場所には母の実家があったので、小さい頃は良く行っていた。田畑の周りや付近の山などでかけりまわって遊んでいたので、この写真をみると懐かしい思い出がたくさんある。
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 上の写真とほぼ同一角度で撮影した現在の風景である。

 二軒しか無かった家の周囲には新しい家が十数軒立並び、山の麓まで見通せなくなっている。

 正面裏の山の上は、ニュータウンが造成され自然の山は無くなり、法面に僅かに昔の面影が残っているのみである。

 右側の小道も拡幅され舗装されている。

 何もかも変わってしまったが、唯一変わっていないのは手前の田圃のみである。
by hirosan_kimura | 2012-04-21 10:59 | 阿品 | Comments(0)