素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

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№413 身元不明者

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 今では余り見かけなくなったが、昔は阿品地域でも身元の分からない変死者が良くあった。

 私が在職中でも昭和40年代までは、時折自殺者があり首吊り・汽車への飛込み・入水などの変死者が見受けられた。

 身元不明の変死者があり、検視が済むと死体は警察より地元の役所に引渡される。引渡された死体は福祉担当の者が処理に当たっていたが、その都度気持ちの良いものでなかったことを今でも思い出す。

 昭和12年5月13日の午前7時、田尻の鉄道線路上に轢死によるバラバラ死体が発見され、警察官並びに医師立会いの上検察執行が行われ、同10頃終了し仮埋葬したとの記録がある。

 佐伯信地御前村長より、富田愛次郎県知事への報告によると、
本籍・住所・氏名・職業等不詳。
推定年齢45歳・男性。
人相 全身概ね粉砕し補足するべきものはなし。
身長約165cm。体重約60kg。皮下肥肪比較的発達す。キャラコのワイシャツ・ネクタイ・鼠色のチョッキを着用。

 検視者は地御前1970番地の1 根石二誠医師とある。番地から推定すると、鰆浜の元吉田病院に在職されたお医者さんではなかろうか。

 所持品は夏帽1・洋傘1・手帳1・眼鏡1・拡大鏡1・金メッキ懐中時計1・皮製懐中1・郵券(切手?)三銭1枚・朝鮮一円紙幣4枚・満州国五十銭銀貨1枚・国幣五十銭銀貨6枚・同十銭4枚・同一銭銅貨6枚とある。

 死体処理に要した費用は
金 4円 死体仮埋葬人夫賃
金57銭 木箱1個代
金10円 死体掘出並びに火葬代
金 1円 火葬場費
計15円57銭とある。この額は後に県より村役場に支払われている。

 過去阿品地域でも多くの身元不明者があり村役場で処理しているが、この中の一例である。

 身元不明者が出ると阿品のある地域に埋葬していた。埋葬後、身内が現れ確認するため遺体を再度掘り出すこともあった。身内の遺体と確認され、腐乱しかけた遺体に取りすがり嘆き悲しまれる光景を目にするのは居たたまれない気持ちであった。

 昭和42年12月に町営火葬場「霊峯苑」が竣工してから、阿品の地域に身元不明の遺体を埋葬することもなくなった。
by hirosan_kimura | 2011-11-30 12:17 | その他 | Comments(2)

№412 鰆浜の古図

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 明治18年頃の鰆浜の絵図である。黄色い部分が田、赤が畑とある。青い部分が荒地を開墾とあるが詳しいことは分からない。

 海岸沿いの赤い部分が、明治12年に完成した旧国道である。現在のJR・山陽鉄道が明治30年、広電宮島線が阿品付近に開通したのは昭和6年でこの図には記されていない。

 この図には家屋が記されていないので、この頃鰆浜に何軒家があったのか分からない。

 現在は住居表示で古い地番が分からないが、土地の地番とこの図を照らしあわせば大体の位置関係がわかるが、古い地番はなかなか分からない。川の位置も今とは異なっているようである。

 中央下の白い部分にはその後の地図に「鰯干場」と記入されたものもあった。
by hirosan_kimura | 2011-11-21 14:12 | 地図 | Comments(0)
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 今の子どもたちに、昔は家の中でねずみが走り回ったり、天井裏から蛇が覗いたなどの話をすると信用してくれない。

 衛生状態の悪かった昔の家では、家の中にゴキブリがたくさん走り回ったり蚤に噛まれて夜もろくに眠れないのは当たり前であった。今ではダニはどこの家でもたくさん生息しているらしいが、それ以外の不快害虫は夏に戸を開け放しておくと蚊が入って来るくらいである。

 そこで昭和30年代くらいまでは年に一回くらい、村が全世帯の家を消毒していた。消毒の方法が今では考えられないが、家中に消毒薬を噴霧していた。

 まず各家庭では外面に面した窓や戸をすべて締め切り、室内のふすまや障子を開放し押入れなども開け放す。そこで玄関など一部開いた所からリヤーカーなどの乗せた動力の噴霧器で家の中に煙状になった消毒薬を吹き込んでいた。

 外に面した窓などはすべて締め切っているとはいえ、小さな隙間から煙が噴出すこともあった。消毒中は勿論、消毒が済んで2~3時間くらいは家の中に入ることは出来ない。その間は大人は外で仕事をしたり、近所の人と世間話などで時間をつぶし、子どもたちも近所の子どもたちと遊んだりしていた。

 家中の消毒薬の煙が収まった頃中に入れるが、それからが大変で畳や床などについた消毒薬をふき取らなければならなかった。

 どんな消毒薬が使われていたのかは分からないが、今このような方法を行うと健康被害などクレームが出るのではなかろうか。

e0125014_13583482.jpg昭和32年9月に鰆浜・阿品地区で害虫駆除の室内噴霧が行われている。鰆浜では25日の午後35世帯。阿品では26日に一日かけて87世帯に消毒が行われた。消毒は役所の職員が一軒づつ廻って行い、鰆浜は藤川さん、阿品では本田さんが立会人となり、一軒も漏れなく消毒が行われたか確認のため同行された。

 いつの時代にこの消毒がなくなったのかは分からないが、この時期が最後くらいだったのだろう。。

昆虫駆除室内噴霧の実施について                     各位
 今年は町内の赤痢・疫痢の患者数は昨年の三倍の発生を見て居ます。初秋から初冬にかけて赤痢・疫痢・伝染病の流行期でありますから各位におかれましては、手洗いの励行、早期診断、昆虫の駆除等を周知徹底の上伝染病発生防止にご協力をせつにお願い申し上げます。

 尚標記昆虫駆除室内噴霧については伝染病発生防止の一環として、全世帯一斉に実施の計画でありますが、これが施行に当たっては費用の内薬品代の半額を貴殿の部落の負担に御願いしますからその点ご了承宜敷くご協力御願い致します。                      昭和32年9月5日
by hirosan_kimura | 2011-11-11 14:21 | 衣食住 | Comments(0)