素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

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№377 いけす

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 JR阿品駅前が整備される前に、国道沿い沿って調整池があった。阿品は比較的土地が低いため、満潮時に川の水を一時的に調整値に溜めておき、干潮時に海に放流するためのものである。

 今では排水設備が整備されているためこの調整池は埋め立てられ、国道沿いの公園の地下に調整池が整備されている。

 埋立てられる前の調整池は、古い地図には「汐廻」とあるが、阿品では「いけす」と呼んでいた。生簀(いけす)とは採った魚などを生かしておくためのものであり、この調整池は該当しないので「池洲」とでも指していたのかも分からない。

 この調整池は国道・広電線路の下の水路で海と繋がっており、樋門により干潮時には排水を海に放流し、満潮時には自動的にゲートが閉まり海水が調整池に流入しないようになっていた。

 このため、海の魚が調整池にたくさん生息していた。子ども達はここで良く魚釣りをしていたが、年に一回、大潮の干潮時に青年団が調整池に網を入れ、たくさんの魚を捕獲していた。大きなボラやチヌなどがたくさん採れていたがいたが、小さな魚や雑魚などのおこぼれを分けて貰うのが楽しみであった。

 今では調整池を始め周辺一帯が埋立てられ当事の面影は無いが、阿品に生まれ育った者にとっては懐かしい思い出がたくさんある。

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 この写真は阿品の調整池ではないが、地御前の電停国道沖のものである。

 今では排水設備が整備され調整池の用をなしていない。大半が埋立てられ一部しか残っていず、泥が堆積し雑草が生い茂っててかつての面影は残っていない。
by hirosan_kimura | 2011-02-27 10:51 | 地形 | Comments(0)
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大門から大竹迄の国道の大改修
 
 廣島県土木課では、岡山県大門から佐伯郡大竹町に至る東西貫通二号国道三十八里二十五町の大改修を行う計画をたて、明年度から三十ケ年継続事業として、これを完成さすことにしているが、総経費二千六百万円の年度割は内務省の補助年割額の確定をまって決定される筈である。

 改修は現在の二間幅内外の道路を大体四間幅に拡張。各所に横はっている急勾配を切り下げ、特に福山・尾道両市区域内は八間幅に、広島市は十三間幅に拡張の計画であるから、これに要する経費が特に巨額に上るようである。

「道路の改良 昭和2年9月号より抜粋」
by hirosan_kimura | 2011-02-25 10:42 | 国道 | Comments(0)
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 昔阿品のある人が、狐の巣穴の前にあった木をうっかり切ったそうである。その人は狐に悪いことをしたと思ったが、「これで巣穴の前が明るくなり、邪魔な木が無くなり出入りも見易くなっただろう」とそのまま帰ったそうである。

 その晩、その人の家の天井から狐が「家の戸を薪にするために売って、そのお金で宝くじを買え」と言ったそうである。

 その人は、巣穴の前の木を切った恩返しに狐が教えてくれたのだろうと思い、家の戸を売って宝くじを買ったそうである。

 しかし宝くじははずれだったそうである。

 また狐が来たので、「宝くじははずれた」と狐に文句を言うと、狐は「入口の戸が無くなったので家の中が明るくなり、出入りも見易くなっただろう」と言ったそうである。

 この話は「日本昔話」にも似たような話があるそうである。昔話にある人の姓と、この話が伝わる家の姓が偶然同じなので「日本昔話」の話が阿品の話として,その家にだけ言い伝えられているのかも分からないそうである。
by hirosan_kimura | 2011-02-20 11:42 | 伝説民話 | Comments(0)
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 昨日は阿品台西小学校の「二分の一成人式」に招待された。昨年の二分の一成人式を「№318」でも紹介したが、他に話題も無いので再度掲載してみた。

 「二分の一成人式」はこれまであまりなじみが無かったが、20歳で成人する中間の10歳を節目として、生まれて今までの出来事を調べたり、今日まで育ててくれた両親へ感謝をする、又将来の自分を見つめたり夢を語ったりするものであるらしい。学年で言えば小学四年生が該当する。

 当日は児童と保護者や地域の人も若干参加している。まず、児童一人一人が壇上で将来なりたい職業・どんな大人になりたいか、両親への感謝の言葉を述べる。

 全部の児童の発表が終わると児童は壇上から降り、保護者と対面に座り両親へ感謝の声かけや歌をうたったり し一時間半程度の式であった。

 壇上で一人一人が将来の夢を語ったり、保護者へ感謝の言葉を述べる菅とは堂々としており、語る内容もしっかりし、自分たちが小学校四年の頃にはとても及びもつかなかったと思われる。

 将来なりたい職業が興味深かったので整理してみた。本年の四年生は男子40名、女子54名であるが、欠席の子や一人で2以上の者もあり合計は一致しない。

将来なりたい職業
男子
サッカー選手 8名  野球選手 5名  世界一周 3名  医師・プロバスケット選手・マジシャン 各2名
不動産屋・刑事・スポーツ選手・発明家・農業・ピアニスト・教師・世界一周マラソン・作家・卓球選手・歌手・タレント・電車の運転手・トラック運転手・まんが家・柔道選手・政治家・図書館勤務・大型店店長 各1名
 中にはソニーか三菱、奈良大学に行き考古学者になり文化財研究所に勤める等具体的なものもあった。

女子
お菓子屋さん・看護士・パテシエ・薬剤師 漫画家 各4名  美容師・保育し 各3名  幼稚園教師・お花屋さん・洋服店店主・歌手 各2名  画家・スタイリスト・料理家・医師・アロマセラピー・インテリアコーディネーター・インテリアデザイナー・ペットショップ店員・アナウンサー・バレリーナ・洋服売り場店員・ピアニスト警察官 各1名
 その他、マイクロソフト社・ディズニーのキャスト・劇団四季団員・研究者となりガンや動物の生態を研究する等具体的なものもあった。

 親の職業を選んだ者が6名あったが、その子の親は感激ものであろう。

 以上、話題も無いので将来子どもたちの就きたい職業を羅列してみた。
by hirosan_kimura | 2011-02-17 15:38 | 幼小中 | Comments(0)