素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

カテゴリ:遊び( 19 )

№716 ぱっちん

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 このブログ№188で「昔の遊び 4」でぱっちんを紹介している。当時の子どもは夢中になって夕方遅くまで遊び良く親に怒られていた。地御前小学校6年生、今から58年前の「学級通信」にある母親の嘆きの声が紹介されていた。

 最近子供の遊びで「パッチン」が大変に流行している様子でございます。子を持つ親は誰しも同じではないかと思います。
 「パッチンを止めて何か外の事をして遊びなさい。」と言えば「誰も外の事をして遊ぶ者がないから、パッチンをしなかったら一人で遊ばねばならないからおもしろくない。」と言う様な事を言います。お友達のお母様に聞いてみると、やはり同じ事。
 「パッチンをしない。」と約束をして皮のドッジボールを買ってやったけれど、やはり駄目だと言われます。「ドッジなどする者がない。」と言って、やはりパッイチンを持って出ると言われます。
 昼中パッチンをして夜はそれを出して、これ又兄弟げんかのもと「くれる」とか「くれない」とか。先日もそれで子供が三人とも主人に叱られました。

 「もう絶対したらいけない。」「もうしない。」と約束したけれど、それも二日くらいの効き目だけ、私がいくらやかましく言った処で聞くでもなく、と言ってそうそう主人に言うのも考えものだし、どうにかして止めさせたいと思いますが、少し学校の方でも協力方お願い致したいと思います。

 パッチンを始めると時間が過ぎるのも判らないらしく、六時・七時頃に家に帰って来るので勉強は勿論宿題もやっておりません。下級生は「止めなさいね。」と言えば、あれでも止めますが、上級生・中学生等は「あっちでしよう。」と言って、みんな何処かへ行ってしまいます。本当に困った事だと思います。

 子供の為に、もう少し健全な遊びを進めて頂きたいと思います。遊び場所の問題もあるのですけれど、それは早急に解決出来ない問題なので、先ず学校へ行って遊ぶように進めたいと思っています。  一母親

 これを読むと、勉強もせず暗くなるまで遊びまくっていたことが、懐かしく思い出される。
by hirosan_kimura | 2015-07-15 15:35 | 遊び | Comments(0)
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 阿品二丁目の国道沿いに「阿品二丁目公園」がある。広さは2,058㎡(620坪)でそんなに広くは無いが、近隣の子どもたちが遊ぶには丁度良い広さである。

 早朝にはお年寄りたちがゲートボールやグランドゴルフをしておられるのを良く見かける。

 この場所には依然ドライブインがあり食堂や大広間・サウナなどがあり、阿品の人たちや国道を走行する人たちが良く利用していた。

 JR駅前広場が整備される前には国道沿いに雨水の調整池があった。阿品は比較的低地であるが、干潮時には川水が海に自然流下するが、満潮時には海水が逆流し川水も溜まるので調整池に滞留させていた。

 阿品駅前を整備する際調整池が撤去された。二丁目の公園は外部から見ると分からないが、公園の下に大きな調整池が整備され、その上を蓋架けして公園に利用している。
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 公園には立派な遊具が設置されているが、遊具の傍にたくさんの禁止事項が表示されている。

①てすりにむりやり のぼってはいけません。
②すべりだいを、かけあがってはいけません。
③こわれているゆうぐで あそんではいけません。
④ぬれているゆうぐで あそんではいけません。
⑤ゆうぐにひもなどを まきつけてはいけません。
⑥たかいところから とんではいけません。
⑦ゆうぐのうえから ものをなげてはいけません。
⑧ゆうぐのすきまに ゆびをいれてはいけません。

 公園を管理する者にとっては事故でも起これば親から訴えられたり、マスコミも騒ぐので様々の注意事項を表示するのだろうが、これを全て守らなければならなかったら子どもたちは創意工夫して自由に遊べないのではなかろうか。

 子どもたちの遊びをみていると単に滑り台を滑って遊ぶのみでなく、滑る面を下から両手両足で踏ん張って上っていったり、横の方から上って行ったり飛び降りたり様々な遊び方を見つけて楽しんでいる。

 勿論危険な遊びをしてはならないが、子どもたちは様々な経験をする中で、危険なこと・安全なことを学んで行くのではなかろうか。
 昔の子どもたちは小さいうちから大きな子どもたちのすることを見ながら、様々なことを学びながら育ったものである。

 子どもたちから危険を除くのは大人の責任であるが、物事の善し悪しの付かない小さな子には親が目を離さず危険から守り、少し物事の判断が付くようになったら、子ども自身が自分から安全か危険かを判断できるように力を持てるよう育てるのが大切ではなかろうか。

 ここの公園ではないが、「サッカー禁止」「ボール投げ禁止」の公園を良く見掛ける。小さな子どもたちが遊んでいる傍でサッカーやキャッチボールなどをすると危ないが、ほとんど誰も遊んでいないような所で、あれもダメ、これもダメと言うのもどうであろうか。
 立派な広場が整備されているが子どもたちが遊んでいる姿を見掛けずひっそりした公園を見ることも珍しくない。
 他の子どもが誰も遊んでいない場所では、サッカー遊びもキャッチボールも良いが、外の子どもたちが遊びに来たら自主的にその子たちに遊び場所を譲ってあげるような、思いやりの持ったこどもになれば良いと思う。
by hirosan_kimura | 2015-02-04 12:43 | 遊び | Comments(0)
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 子どもの頃にはこの遊びを良くしていた。地面に大きなSの字とその外に〇を二つ書くだけで道具も不用である。

 先ず地面に棒切れなどで10mくらいの「S」の字と、外側の対角にSの字から少し離して半径1mきらいの〇を二つ書く。遊ぶ人数は何人でも良いが最低10人くらいが二手に分かれる。宝は木の棒でも空き缶でも何でも良い。

 ルールはSの字の中と島の中以外は片足の「けんけん」でなければならない。Sの字の中への出入りは字の切れ目からのみで線を越えては入れない。

 遊び方は、例えばチームの人数が5人とすれば一人か二人は自チームの宝を守り、残りは相手の宝を奪う役割とする。最初は全員が自分の陣地内で待機し「よーいドン」で相手の宝を奪う者がけんけんで外に出て相手の陣地に向かう。

 向かう途中で相手に出会うと押し倒したりして、先に両足を付いた方はこれ以上ゲームに参加出来ない。途中で島に逃げ込めば両足を付いても良いし、相手から攻められることは無い。

 そのまま進み相手の陣地に入れば両足を付いても良いが、相手の宝を守る役の者に線の外側に押し出されたらゲームに参加出来なくなる。

 これらを上手く交して早く相手の宝を奪ったチームが勝ちとなる。他愛の無い遊びであるが飽きもせず良く遊んでいた。
by hirosan_kimura | 2014-01-26 14:04 | 遊び | Comments(2)
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 小学生の頃「ろくむし」と呼んでいた遊びをよくしていた。不思議な名前の遊びであったが「ろく」は数字の「6」であろうが今の子どもたちもこの遊びをしているのであろうか。

 ルールは有って無いようなもので、遊ぶ場所の広さや人数によりかってに変えていたのでどれが元々のルールか良く分からない。

 要するに適当な距離で地面に円を描き、鬼とその他の者を決め鬼の投げるボールに当らないように円を往復し、6往復出来れば勝ちという遊びである。

 人数は5~6人くらいから何人でも良いが、あまり大人数であれば勝負がなかなかつかない。鬼は二人の場合もあるし半分が鬼になり残りが子と言う場合も有ったが、集まった子どもの数やその時の気分でルールを決めていた。

 最初は子が全員片方の円に入り鬼が円の外よりボールを投げる。投げられたボールを子の中の一人が平手で出来るだけ遠くに打ち返す。鬼の一人がボールを拾いに行く間に子全員がもう一方の円を目がけて走っていく。円の中に留まっていても良いが、鬼がボールをまだ拾っていればその隙に元の円に走ってたどりつけば「1むし」となる。円の中にいればボールに当っても良いが、円の外で当ればその子はアウトとなる。当った子はその場にしゃがんでゲームには参加出来ない。

 全員が円の中に逃げ込んだらゲームが続かないので、鬼の一人が片足を円の中に架けて立ちその場でボールを真上に投げて自分で取るが、子は真上に投げた瞬間を狙ってもう一方の円目がけて走り出してもようが、ボールが宙に浮いている間に子の一人が平手でボールを打ち、鬼がそのボールを拾らいに行く間に子全員が一方の円目がけて走り出す。

 円の中は安全であるが、鬼がボールを10回上に投げ上げる間に残った子全員が円に留まっていたら鬼が勝ちで子は負けとなる。

 こうして子と鬼の駆け引きでゲームを進め、子が円を往復するたびに「2むし」「3むし」となり6往復すれば「6むし」でその子の勝ちとなる。子が全員ボールに当れば鬼の勝ちで途中でゲームは終了する。

 ゲームが終了すれば最初にボールの当った子が鬼になって次のゲームに入ったり、鬼と子が同数でゲームを行なう場合は「6むし」の人数とボールの当った人数により負けた人数の多いグループが鬼になってゲームを始め全員が疲れるか、暗くなるか,飽きがくるまで繰り返し繰り返し遊んでいた。

 言葉で表現すると複雑な遊びのようであるが、ルールは至って簡単で二つの円を鬼のボールに当らないように6往復する遊びである。

 遠い昔のことで記憶間違いもあろうが、当時遊んだ友人に確認しても「そうではない」「こうであった」とどれが本当のルールで、どれが間違いか分からないが、単純な遊びを飽きもせず繰り返ししていたものである。
by hirosan_kimura | 2014-01-25 14:46 | 遊び | Comments(4)

№513 小鳥

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 朝、犬の散歩をする時マンション付近で雀と目白の群れを良く見掛ける。

 マンション前の海岸沿い遊歩道の中央辺りまで行くと、雀の群れが低い植木廻りで騒いでいるが近づくと一斉に飛び立つ。雀は以前には何処ででも見掛けていたが、最近では少なくなったような気がする。

 遊歩道を更に東に進むと、植木の茂みにいた目白が飛び逃げる。驚くほどの数ではないが何故この付近にたくさんの目白がいるのか不思議である。見回しても小鳥たちが特別喜びそうな木の実が有りそうにもないが、この付近に小鳥の喜ぶ食べ物が有るのだろう。雀と目白のたくさん居る場所が少し異なっており、それぞれ勢力範囲があるのだろう。近くに山があるので棲家はその中で、日中はマンション付近に集団で餌を求めに来るのであろう。

 この付近では雀と目白以外に、多くは無いがハクセキレイ・野鳩・ゴイサギなどを良く見掛ける。

 今では余り見掛けないが昔の子どもたちは(ここで言う昔は昭和30年前後60年近く前のこと)小鳥を捕獲して良く飼っていた。たけやぶなどに霞網を張り引っ掛かった小鳥を捕らえていた。

 また、県病院の屋根に登り瓦の下にある雀の巣から雛を捕らえたこともあった。県病院は平屋の建物なので屋根に登るのは難しくは無かったが、登って居るのを看護婦さんや職員に見つかると怒られていた。県病院には児童病棟が有ったが、遊び盛りの入院児童は安静しなければならないのに、地元の子どもたちが屋根に登って自由に遊ぶ姿は羨ましかっただろう。

 捕らえた小鳥は鳥かごに入れ、米や青菜と水を擂鉢でドロドロにした物などを与えていたが、所詮子どもの智恵で飼育するので長生きをしないのが普通であった。

 捕らえた小鳥を入れた鳥かごを軒先などに吊るして置くと、親鳥が見つけて網越しに雛に餌を与えに来ることもあったが、今考えてみると残酷なことをしていたものである。

 鳥かごは市販のものもあったが、器用な上級生は竹を削って茸ひごにし鳥籠を作る者もいたが感心したものである。

 今では小鳥を許可無く捕獲したり霞網も禁止されており、野鳥を捕獲して飼育する子ども達はいないが、昔の子ども達は身近な物で様々な遊びをしていた。
by hirosan_kimura | 2013-01-26 10:38 | 遊び | Comments(0)
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おもしろかったこと
 
 きのうは、ゆうがた、月がでたので、明るいから、〇〇ちゃんと、ぼくが、かげふみをしました。じゃんけんで、ぼくがまけたので、おにに なりました。ぼくが 〇〇ちゃんのかげを ふみました。 そして、〇〇ちゃんがおにになりました。〇〇ちゃんが もうかえるといいました ぼくもかえりました。おわり
{先生の注釈は赤字で(おもしろいですね)のみである}

 これは小学二年生の時の作文である。短い文で作文とも言えないが〇〇ちゃんの〇〇以外は原文の通りであるが、句点や一字開ける空白もでたらめである。

 今では、ほとんどの子どもたちがゲーム機など高価なおもちゃで遊んでいるが、昔はおもちゃなど買ってもらうことなどなく、自然の物を使って工夫したり、道具も使わず体のみを動かして単調ではあるが飽きもせず遊んだものである。 
by hirosan_kimura | 2013-01-22 11:29 | 遊び | Comments(0)
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 一昔前の阿品では平地の大半がたんぼや畑で、家が建っているのは山裾で辺り一面遠くまで見渡すことが出来た。

 今では多くの田畑が宅地化され、家と家の間にたんぼや畑が見受けられる程度となり遠くまで見渡すことも出来ない。

 春になるとたんぼ一面にれんげの花が咲きほころび、花の絨毯を敷き詰めたような美しい風景が広がっていた。

 今ではたんぼも少なくなりこのような美しい風景も見られないが、JR阿品駅のすぐ裏に残されたたんぼにれんげの花が咲いている。思い違いかも分からないが、昔はもう少し蓮華が密集し葉も緑が濃く、れんげの花も大きく鮮やかな赤に近いピンク色であったような気がする。

e0125014_10572674.jpg 蓮華の繁ったたんぼは気持ちが良いので、子どもたちは中を走り回ったり寝転がったりしていた。

 れんげは農作物で無いので、踏み荒らしても余り怒られることもなかった。れんげはたんぼの土を肥やすためのものだと聞いたような気がする。

 男の子は走り回ったり寝転んで遊ぶ程度であったが、女の子はれんげの花を茎と一緒に摘み取り、花束にしたり首飾りなどを器用に作って遊んでいた。

 また、何本も束にし花の輪を作り王冠のように頭に被ったりしていたが、よくもあんなに綺麗に作れるものと感心したものである。

e0125014_10564214.jpg クローバーの花と茎はれんげによく似ているので、道端の花を摘み取りれんげの花飾りと同じように作ったりもしていた。

 当時の子どもたちは、今のようにおもちゃを買ってもらう訳でもなく、男の子も女の子も自然の植物などを材料にして、様々な工夫をしてよく遊んでいたものである。
by hirosan_kimura | 2012-04-20 11:29 | 遊び | Comments(0)
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 「ふるさと 阿品 よもやま」も今回で428回目となった。ネタも尽きかけ休眠状態である。以前のブログで、ネタが無くなったら「阿品の言葉」か「子どもの遊び」にすれば一息つけると書いたことがあった。

 今回は「子どもの遊び」にしてみた。子どもの頃良く遊んでいた「腰綱引き」があった。単純な遊びであったが飽きもせず遊んだ記憶がある。今の子どもたちもこの遊びをしているのだろうか。

 この遊びは3~4mの綱が一本あれば遊べるが、肝心なのは体力が同じ程度の相手でないと、すぐに勝負がついてしまう。

 遊び方は至って簡単で、向かい合った相手同士が綱をお互いの腰に廻し、綱の端を片手で強く握って置く。両足を地面で踏ん張り、腰を捻って相手を引っ張る。腰を捻るのみでなく、握った綱の端を思い切り引っ張っても良い。

 踏ん張った足が地面より少しでも動いた方が負けである。相手を引っ張ろうと思って、腰を強く捻ったり手で綱を引いた際、自分がバランスを崩してよろけて負けることもある。

 たったこれだけの遊びであるが、自分が力を入れて綱を強く引っ張るのみでなく、相手が力を入れた時自分の方は綱をゆるめて相手のバランスを崩さすなど、テクニックを要する遊びでもある。
by hirosan_kimura | 2012-03-12 11:04 | 遊び | Comments(0)
兵隊ごっこ
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 この写真は鰆浜の子ども達が「兵隊ごっこ」をしている写真である。
 
 写真の裏には昭和の初期ときにゅうしてあるので、今から約80年くらい昔のものである。

 場所ははっきりしないが、恐らく鰆浜部落と鉄道線路との間の小山の頂上付近であろう。

 この頃では子どもの数も少なく、室内で遊ぶのが主流で外で子ども達がかけりまわって遊ぶのを見る機会はめっきり少なくなったが、一昔前までは室内で遊ぶのは雨の日くらい。暑くても寒くても阿品の子ども達は野山をかけりまわり遊んでいた。

 たまに遊んでいても同年代の子ども達同士で遊ぶのがほとんどであるが、昔は小さな子どもから大きな子どもまで一緒になって遊んでいた。

 おもちゃも店で高価な物を買って貰うのが普通であるが、昔は自然の物を利用して子ども達で手作りをしていた。写真では鉄砲らしきものを何人かが肩に担いでいるが、恐らく木切れを利用して自分たちで作ったものであろう。

昭和の初期のみで昭和何年かは分からないが、満州事変の起こる前後で子ども達は勇ましい兵隊三さに憧れ、戦争ごっこに明け暮れていたのであろう。
by hirosan_kimura | 2011-04-19 15:43 | 遊び | Comments(0)
渦巻き

 ブログの題名は「ふるさと 阿品 よもやま」と阿品に関することに限定しているので、200回を超えるとネタが尽きてしまい、何を話題にしようかと頭が痛い。

 そんな時は、「阿品の言葉」と「昔の遊び」にすればある程度は記事が書ける。「言葉」と「遊び」が出てくれば、ネタ切れと思ってもらえば間違いない。

 今の子どもはゲーム機や室内での遊びが多いが、一昔の阿品の子ども達は、簡単な道具やそこら辺に転がっている物を工夫して、家の外で遊び廻っていた。

 この遊びは渦巻きとも言っていたが、「カタツムリ」や「でんでんむし」とも呼んでいた。空き地と棒切れがあれば遊べる遊びである。


e0125014_1929730.jpg 先ず木切れを使って地面に50cmくらいの幅で渦巻きを書く。この図では三重であるが、五重でも六重にしても良いが余り渦巻きが多いと走るのに疲れる。

 遊ぶ人数も適当で良いが、必ず偶数の人数にしなければならない。人数が少ないとあっと言う間に終わり、多いと勝負が付くのに時間が掛かる。

 人数は10~12人くらいが適当であろうが二手に分かれ、一組は渦巻きの中心に、もう一組は入口に並んで、ゲームを開始する。

 最初に、ヨーイドンで中の者は外側に、外の者は内側に向かって一人づつ走る。全速力で走り、少しでも相手の陣地に近づけるように頑張る。

e0125014_19294178.jpg 出会った所でジャンケンをし、負けた者は渦巻きの外に出て、勝った者はそのまま走って行く。

 AとEがジャンケンをし、Aが勝てばそのまま走り続け、Eは渦巻きの外に出なければならない。

 Eが負けると同時に外側のFが内側に走って行き、出会った所でAとジャンケンをして、勝てばそのまま前に進め、負けた方は渦巻きの外に出なければならない。

 こうして外の者は中側の相手の陣地。中の者は外側の陣地に早く着いた方が勝ちである。

 相手の陣地に到着出来なくても、ジャンケンで勝ち続け相手が居なくなっても勝ちとなる。

 たったこれだけの遊びであるが、負けても勝っても飽きもせず、何回も何回も勝負を続けていた。

 今の子ども達もこの遊びをしているのであろうか。
by hirosan_kimura | 2009-10-14 06:35 | 遊び | Comments(0)