素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

カテゴリ:体育( 5 )

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 昨日は「廿日市縦断みやじま国際パワートライアスロン大会2013」が行なわれた。このトライアスロンは数ある大会の中で走行距離は飛びぬけて長くはないが、海抜0mから吉和までその標高差900mと過酷なレースである。

 今回で7回目となるが、今までツリーハウス入口や魅惑の里付近では何回も観戦したが、近くで観戦するのは初めてである。昨日まで続いた雨も上がりまずまずの大会日和となった。

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 対岸の宮島鳥居付近の出発が9時であり、家の前の海岸堤防に行って出発時間を待っていたが、宮島までの距離が少しあるのとカメラの性能も余り良くないので、選手が泳ぐ姿ははっきり確認出来なかった。しばらく様子を見ていたが仕方ないので、選手が自転車で通過する阿品台まで歩いて行った。

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 コースの分岐点では警備員がすでに交通規制を行なっている。

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 しばらく待っていると早くも選手が通り過ぎて行く。驚いたことに宮島から対岸まで泳ぎ、自転車に乗り換えて40数分しか経過していない。大野瀬戸を泳ぎ切るのみでも随分時間が掛かりそうであるが、ここまで掛かった時間のみで判断すると驚異的である。

 最初3名の選手が通り過ぎて次ぎの選手が来るまで随分時間が掛かったが、この3名はオリンピック強化選手だそうである。

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 阿品台に入って間もなくコースは左折となる。道路の中央には選手に分かりやすいように係員が誘導している。

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 左折するとすぐに「阿品台西小学校」に沿って、かなりの勾配の上り坂となっている。

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 この付近は、全長77.5kmの10分の1にも満たない地点であるが、選手の中には随分辛そうな人も見掛けられ荒い息をし今にも倒れるのではないかと思われるような人もある。果たして最後まで完走出来るのかとこちらが心配になる人もある。

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 阿品付近の上り坂もカーブを曲がり切った「阿品公園」付近までで、それから下りとなり日赤看護大学脇を過ぎ宮内地区に入る。

 再び登り下りをを繰り返し、宮内地区から大野地区・佐伯地区・吉和地区と長い長い過酷なコースが待ち受けている。
by hirosan_kimura | 2013-06-24 10:59 | 体育 | Comments(0)
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 昭和49年に開園した遊園地「広島ナタリー」の一角に、昭和61年にスポーツ施設「フジタドルフィンクラブ ナタリー」が開設された。

 この施設はエアードーム型では日本初と言われるスポーツ施設であった。屋根は樹脂コーティングされたガラス繊維布で出来た恒久空気膜構造で、自動的に制御された内圧により屋根が支えられていた。

 延べ面積は865.3㎡、スパンは23m×45mで天井高は8.4mであった。
e0125014_14135039.jpg 屋内プールでは水泳教室が開かれていたが、国内で有数の各種水泳大会も幾度か開催されたこともある。

 グループで5人集まると年間を通してのプール利用券が割引になるということで、誘われて会員となり時間のある時に良く泳ぎに行った経験もある。

e0125014_14142423.jpg 水泳以外にも各種スポーツ教室が開かれていたがその会員は平成5年頃がピークで1700人程度あったが、平成13年頃にはその会員数も1400人程度と足踏み状態となっていた。

 このため従来のスイミングクラブからの脱却を図り、スポーツ教室の充実や文化講座をスタートさせることとした。教室には太極拳・空手・ソシアルダンス・整体・こども体操・スポーツマッサージ等があった。 中でも本場中国出身の留学生が指導する太極拳が一番人気があった。

 これに加えフラーワーアメジメントやペン習字など、公民館より幅広い地域・年齢・職業の集まる人の場の提供施設としての計画もあった。

 平成11年9月の台風ではエアドームのテントが壊れ予定されていた大会が延期されたり、平成13年の芸予地震でも被害が出た。

 その後、この地に大型ショッピングセンターやマンションの建設が計画され、平成18年にドルフィンクラブは閉鎖された。
by hirosan_kimura | 2012-04-16 06:59 | 体育 | Comments(0)

№405 聖火阿品通過

e0125014_11265151.jpg  昭和39年(1964年)10月10日、今から47年前アジアで最初の東京オリンピックが開催された。これに先立ち各国を廻って来た聖火が、9月20日に阿品を通過した。

  この写真は聖火通過当日の鰆浜の国道の写真である。聖火が今から通過する前の写真で、交通規制され車道に車は走行していないが、国道下り車線の左端には自動車が通行止めとなり停車されている。

  道の両側には少ない阿品の人口の中、どこから現れたのかと思われるほど人々が聖火が通るのを待っている。
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 パトカーの先導する中、煙を上げて聖火が通過している。

 遠く左側には「お上がり場」の松が繁っているのが見られる。右上は山が削られ造成された山肌が見受けられる。
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 聖火が走り去っているところであるが、右側には広電の軌道と、今は見られない「火立岩」が残っている懐かしい風景である。この付近はバイパス工事のため今では風景が一変している。

 家が途切れているためか、規制がされていたのか分からないが道の両側には聖火の見物客がほとんど見られない。今では国道の両端まで舗装されているが、この頃は自動車の通る部分のみ舗装され、それ以外は砂利のままであった。
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 聖火が通過した後で交通止めされていた自動車が一斉に走り始め、人々が帰り始めている。偶然見つけた写真であるが、聖火の通過する風景も珍しいが、周囲の風景も懐かしいものがたくさん写っている。
by hirosan_kimura | 2011-10-06 12:56 | 体育 | Comments(0)
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 昨日は「天皇杯 第15回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会」が行われた。第15回ともなれば年間行事の一つとして定着し、普段は車が行きかい人通りの殆ど無い阿品の国道沿いも、応援する人達で賑やかになる。

 広島は惜しくも4位であった。それでも一時34位になったことを思えば、良く頑張ったものである。
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 この駅伝のためには随分早くから準備が行われ、何日も前から国道通行止めの横断幕が貼ってあった。

e0125014_15143897.jpg 横断陸橋には、競技中は立止まり禁止の標識もある。










e0125014_1515542.jpg 脇道から国道に侵入禁止の標識もある。国道に出る脇道全てにこの標識があるが、広島市と廿日市市全部では幾つの標識が準備されたのであろう。大変な作業であっただろう。











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 沿道には選手を応援する横断幕も掲げてある。

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 国道を見渡せる海岸沿いの公園に、数日前から櫓が組んであった。テレビカメラの撮影用かと思っていたが、アンテナが立てられているので、中継用の電波を送るものらしい。

 競技時間は出発から到着まで3時間程度であろうが、随分前から準備が行われ、見えない部分で大変な労力を要したことだろう。

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 我町内は国道に面しているが交通量が少ないので、毎年選手の練習が行われる。

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 練習をする選手の着換えのため、毎年近くの公園にテントが張られ、済んだらすぐ撤去される。

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 普段は通る人も無い阿品の国道沿いであるが、年に一度この日だけは選手が通過する一時間前くらいから人が集まり始め、たくさんの人で溢れかえる。

 この地区を走る選手の地元からも駆けつけ、幟などを用意して応援する人、阿品周辺に住む各県出身の人も声援を送っておられる。
 

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 普段は交通量の多い国道も、選手の通り過ぎるまでは全面交通止めとなるが、自動車の一台も通らない国道は、何か不気味な感じさえする。


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 どこから集まられたのかと思われる人の集団も、選手が走り去ると続々と帰られ、あっと言う間に人が居なくなり、車のみが行きかう普段の国道になってしまうのである。
by hirosan_kimura | 2010-01-25 05:52 | 体育 | Comments(0)
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 10月2日にコペンハーゲンで行われたIOC総会で、シカゴ・リオデジャネイロ・マドリードと戦った東京は、2016年夏季オリンピック候補地に敗退した。

 昭和39年10月10日から24日の15日間、アジア初のオリンピックが東京で開催された。

 45年も昔のことであるが、夢中になってテレビを観戦した記憶がある。

 東京オリンピック開会に先がけ、聖火が日本各地を巡回し、9月20日に阿品を通過している。
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 当日は、阿品の人々は国道で熱狂的に観戦したことであろう。

 この写真は田尻附近で写されたものであるが、当時の古い型の自動車や、国道も中央部分のみしか舗装されていない様子が分かる。

 左に山が見えるが、現在ではふじタウンが造成されこの山も今は無い。前面国道の上には陸橋も掛けられ、今ではこの附近の風景は大きく変わっている。
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 広電の電柱も木製で、田尻海岸にあった国道沖の小山も今は無い。
by hirosan_kimura | 2009-10-09 06:00 | 体育 | Comments(0)