素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

カテゴリ:高大学( 3 )

№683 大学の艇庫

  沖山の海沿いに広島大学と広島工業大学のヨット部の艇庫がある。このあたりに広電宮島線の終点「新宮島駅」の線路の引込線があった場所である。
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 広島大学の艇庫は平屋で骨組みにスレートの外壁を貼ったような簡易な建物である。この建物の建築年度は不明であるが、昭和40年代の初めごろでは無いかと思われる。現在、広大のヨット部は広島の観音の方で部活をしているため長年この艇庫は使用されていず、まるで廃墟のようになっている。

 この艇庫で活躍していた頃は土・日などには大学生がここに来て目の前の海でヨットを走らせていた。夜になると学生たちは酒盛りを始め大騒ぎをしていたこともある。ある時、「お上がり場」に学生が集まり酒盛りをしていたことがある。大学生でそれも医学部の生徒であり優秀でエリートばかりと思っていたので、近寄りがたい存在と思っていたが、酒盛りの仲間に入れてもらい他愛の無い話で盛り上がった懐かしい思い出がある。

 この艇庫は長年放置状態であるが、なぜ撤去されないのか不思議に思う。

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 広大の艇庫と並んで広島工業大学ヨット部の艇庫がある。この施設は昭和51年に整備されているが、広大の艇庫と比較すると立派な施設に見える。

 外から見ても分からないが、一階部分は艇庫となっており15艇程度のヨットが格納されている。二階は30畳程度の広間と炊事・浴室・トイレがあるようである。外部にはヨットを海に降ろしたり陸に揚げるクレーンのような設備がある。広大艇庫にはこのような施設が無く、台車にヨットを載せて学生たちが手作業でヨットの揚げ降ろしをしていたような記憶がある。

 工業大学の艇庫は学校から車で10分程度で来ることが出来て、平成16年に創部40周年を迎えたそうである。ヨット部は観音マリーナの方でも活動しているようであるが、拠点は阿品の艇庫で土・日には学生たちがここで活動しているそうである。
by hirosan_kimura | 2015-02-03 12:13 | 高大学 | Comments(0)
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 土曜日に「廿日市西高等学校の傍を通り掛かったら、運動会を行っていたので覗いてみた。小学校や中学校は地元の子どもたちが通っているので、地域との繋がりあり運動会・入学式・卒業式やその他の行事に参加することまあるが、高等学校となると校内に入ることは滅多にない。

 また、西高の敷地は一段と高い敷地で廻りの住宅地などと分断されており、同じ団地内でも特別の場所のようで、地域との結びつきは少ないように感じられる。
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 この学校は昭和58年4月に阿品台ニュータウンの一角に新設された、全日制普通科のみの高校で県西部の生徒が通学しており、現在の在校生は863名である。

 学校の裏側は鬱蒼とした森が繁り、前面に広島市外や海を臨む素晴らしい環境に立地している。

 学校に隣接する県営住宅で民生委員を担当していた頃、毎年生徒たちが丹精こめて育てた鉢植えの花を高齢者宅に届けてくれ、お年寄りに大変感謝されていたが今も続いているのであろうか。

 運動会会場にはクラス毎に生徒たちが作成した作品が掲示してあった。
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by hirosan_kimura | 2012-09-30 12:57 | 高大学 | Comments(0)
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日本赤十字社広島看護大学は、平成12年4月1日に阿品台東に開校した。看護師養成のため中・四国ブロックの拠点大学である。

 大学の設置が決定すると各地で誘致運動が行われた。小子化が進む中で四年生大学の新設は今後望めず、廿日市も早くから手を挙げたが、広島市・尾道市・大竹市等が誘致を名乗った。

 中でも大竹市は特に熱心で、市内各地に大学誘致の看板を設置する等、市を挙げて取り組んでいたが、結局廿日市市に決定した。

 広島市にある日赤病院との連携も取り易く、交通の便が良いため廿日市市に決定したのであろうが、阿品台に住んで居られた、故竹下元知事の功績も大きかった。

 建設地は阿品台の外れの阿品台中学校の隣接地、半分谷のような場所で、建設残土で埋められたような場所、果たしてこんな所に大学が建てられるのかと思ったが、大規模な土地造成の結果素晴らしい用地が確保出来た。

 敷地面積 40,909㎡、建物延床面積 20,412㎡で、看護学科585人の在学生がある。平成16年4月に大学院修士課程も新設されている。

 生徒数何千人もいる大規模校ではないが、若い学生によりまちにも活気が出たようである。また専門性を生かし、市の計画に助言頂いたり、学生による地域活動も盛んに行われている。
by hirosan_kimura | 2009-02-24 03:53 | 高大学 | Comments(0)