素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

カテゴリ:その他( 54 )

 
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 昨晩は厳島神社の管祭があった。夕方海べりに行ってみたが、御座船を囲む船は数隻のみ。海岸で見物する人は数得るほど。往年の絢爛な頃と比較すると寂しい限りである。厳島神社の管絃祭は日本三大船神事の一つで、他は「大阪天満宮 天神祭」「松江城山稲荷神社 ホーラエンヤ」がある。

 平成20年12月13日に開始したこのブログも750回となった。当初から何回目で終了とは決めていなかったが、250回を過ぎた時点でせっかくの記事をブログに終わらすのも残念なので冊子で残すこととした。その後は500回目を目標として2冊目の冊子を作製した。

 500回を過ぎるとさすがにネタも無くなり、いつまでも内容の無い記事を重ねるのも仕方ないので750回を目標に何とか続けることとした。501~750を第三集でまとめ、第四集は何時になるか分からないが「阿品歴史年表」「阿品の地名・地図」「阿品の方言」を纏めたいと考えている。

 当初はブログを公開すれば地域の人に興味を持って閲覧してもらい、新しい情報を提供してもらったり間違いを指摘していただけることを期待したが、地域の方で開いて見る人はほとんど無いようである。

 むしろ他地域の人や阿品を離れて長年経った人たちの目に止まり、情報や貴重な意見をたくさんいただいた。またこのブログをきっかけに数か所の高齢者サロンや、小学校の3、4年生に阿品の昔の話をさせていただく機会を得ることができた。

 このブログを見る人よりいつまでも続けてほしい、新しい記事がなくても何時でも閲覧できるように残してほしいとの声を聞くがそうも行かないので、近々このブログを閉鎖したいと考えている。

 阿品のことで知りたいことがあれば早めに閲覧されたらどうであろうか。ちなみに「ふるさと 阿品 よもやま 〇〇〇〇」のように〇〇〇〇に調べたい「岩鏡神社」「火立岩」を入れるとそれらに関する記事が抽出できます。

 面白くもないブログであるがたくさんの方に閲覧いただきありがとうございました。感想やご意見があればコメントいただければ幸いです。

 上記の航空写真は終戦後間もなくアメリカ軍が撮影したものである。武田団地・阿品台・ふじタウンも造成されていず、阿品三丁目も海中の中。我々が連想する阿品はこの写真の風景そのものである。
by hirosan_kimura | 2016-07-21 19:48 | その他 | Comments(20)
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 たいした話題もなくブログもしばらくは休眠状態である。

 27日の夕刻にはサミットを終了したオバマ大統領が広島を訪問するため、岩国基地から広島西飛行場跡までヘリコプターで飛んだ。はるか上空を飛ぶため大統領の姿など見えるはずもないが、二度とこのような機会はないのですぐ近くの堤防まで出てみた。

 4時前に大統領専用機が岩国基地に到着し、5時頃には広島に到着となので4時30頃堤防に行ってみると、早くも何人かの人たちが今か今かと岩国上空方面に目を凝らしている。

 4時40分になっても50分になってもオスプレイもヘリコプターも来る気配もなく、空を見上げていた人たちも、宮島の沖側を飛んでいき能美島沖を回ったのだろうと勝手なことを話していると、55分頃突然上空を音が鳴り響き、あっと云う間に飛び去り広島に到着してしまった。

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 カメラを構えて写真を撮ろうと待ち構えていたが、安いカメラで望遠の機能もちゃちなものでやっと機影を捉えた程度の写真になってしまった。

 事前の情報ではオスプレイが2機同行すると聞いていたが、1機しか見ることができなかった。

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 ヘリコプターは2機飛んできたがどちらに大統領が搭乗しているのか分からない。

 いずれにしてもはるか上空をあっと云う間に通りすぎたヘリコプターであるが、2機の内のいずれかに世界を動かすアメリカの大統領が乗っている機影を見ることが出来たことは、二度と経験出来ない貴重な出来事であった。
by hirosan_kimura | 2016-05-28 12:07 | その他 | Comments(0)
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 鼓ケ浜町内会宮島口寄りの端っこに競艇選手の宿泊施設が建てられている。 この施設は敷地面積860㎡にRC8階、建築面積418㎡延べ面積1992㎡で宿泊室25室とある。
 この施設の建築計画が広島県モーターボート競争会より地元町内会に申入れられた。これに対して町内会は平成8年5月20日付けで廿日市市長宛に陳情書を提出している。

 申入れが寝耳に水で町民一同驚き、豊かな環境が破壊されるのではないか、当該地は第一種住居地域で大部分が低層住居専用地域で景観・日射・風害等の影響は出ないか。使用目的から推察して町内の風紀が乱されないか不安である等の理由が挙げられている。

 現在でこそ競艇場に行く人は激減しているが、最盛期には沢山の人が訪れ近隣地域で風紀上問題を起すような例を目にすることも珍しくなかった。このため競艇場に対して何となく悪印象を持つのは当たり前という風潮があった。

 この後、市に依る地元説明会、町内会と業者との話し合い等が何回か行われている。その間の詳しいやりとりなどは分からないが、最終的には選手宿舎は建てられている。

 e0125014_13495310.jpg 新しい選手宿舎が整備される前は、競艇場正門向かいJR線路の上側に昭和43年12月に完成した「水交会館が」があった。新しい施設の完成により平成9年の夏に閉鎖されている。
by hirosan_kimura | 2016-03-28 10:54 | その他 | Comments(0)
e0125014_13374599.jpg 平成20年12月13日に第一回目を投稿し今回で740回目となった。当初は原稿材料もたくさんあったが、回を重ねるごとにネタも無くなり750回を最終目標に何とか頑張ることとした。

 ブログを始めたきっかけは、退職した翌年に近所の高齢者の方より、西小学校の子どもたちに阿品の昔の話をしてもらえないかと持ちかけられたのが最初である。

 子どもたちに話をしたり公民館で歴史の講座を受講するなかで、せっかくなら阿品のことをもう少し調べてみよう、調べた資料を何とか残そうと始めたのがこのブログである。

 そうこうしている内にどこをどう廻ったのか分からないが、鰆浜の高齢者向けのサロンのお世話をしている方から話をしてもらいたいとの依頼があった。最初は人前で話すのは苦手だ、遊び半分で昔のことを調べているだけで人前ではなせるようなものではないと断わっていた。

 そのうち何回もお願いされるし、生れ育った地域でもあり、サロンの代表者の方にはこれまで色々お世話にもなったここと等もあり、平成22年2月10日に集会所で話をさせていただいた。

 拙い話にも関わらず結構好評で喜んでいただいたのが印象に残っている。最初は小さなパネルで写真や絵図等の説明を行っていたが、その後プロジェクターを購入し大きな画面を映すと説明もし易いし、見ていただく方も見えやすいと好評であった。

 ある時、パソコンをプロジェクターに接続し準備していたがいくらいじっても画面が表示されず、開始時間は迫って来るしあわてまくったことがことがある。結局うまく接続できず世話役の方よりはは画像無しの話だけで良いと言われたこともあった。幸い今日映像で映す予定の画像をパネル化したものでお茶を濁したが、肝を潰す思いもあった。

 最近はほとんど声が掛かることも無いが、その後あちこちのサロンなどで話をさせてもらった。中には一箇所のサロンから何回も声を掛けられたこともある。限られた地域の中でのこと何回も話すことが無いと断わっても「お年寄りは少し前に聞いたことでも忘れているので、前回と全く同じ話で良い」と言われてもそうも行かないのでその都度話す内容を工夫したこともある。

 小学校では平成18年から3年生・4年生を対象に話をしたが、昨年の1月を最後に話には行っていない。この間何人の子どもに話をしたかは分からないが、この間話をする場所は地域の集会所であったり、数名の子どもが自宅に来たり、ある時は公民館でおこなったり、最近では小学校で話をするなど場所がコロコロ変わっていったが何故なのだろう。

 平成22年の11月に我が家で行った課外授業の参加者の一人S君とはその後偶然話すきっかけがあった。現在でも犬の散歩の際登校中などに良く出会う。挨拶を交わす程度であるが4月より高校生。会う機会もなくなるのであろうが寂しい思いがする。

 ブログのお陰で思わぬ体験やたくさん人を知ることが出来た。
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 前々回に「動かない県病院跡地利用」を紹介した。今朝犬の散歩で通り掛かると少年たちが野球の練習をしていた。
by hirosan_kimura | 2016-03-05 14:59 | その他 | Comments(2)
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 長年空地のままであった県病院跡地がやっと動き出した。先日この空地の傍を通りかかってみると、売却の入札が7月22日に行われる表示があった。

 県病院跡地については何回も採り上げたが、昭和18年9月に結核教員の保養所として開設され、昭和26年6月に県立病院に移管され昭和47年3月に閉鎖されて、以来43年間空地のままであった。

 この間、空地の一部を県職員の福利グランドとして活用したり、地元では盆踊り・とんど・ゲートボールなどに使用してきたが、利用される日数はわずかで広い空地が放置されてきた。

 ところが3年くらい前に突然、この空地を処分するので地元では利用出来ないと県より連絡が入り、平成25年の1月13日に行われたとんどが最後となった。

 地元ではすぐにでも何か動きがあるかと跡地利用に注目し、戸建の住宅が建つ、いやマンションが出来るなど噂しあっていたが、依然何ら動きも見られなかった。
e0125014_10182160.jpg 昨年6月頃、病院跡地に「売り出し予定県有地」と看板や幟が掲げられ、今度こそやっと動き出すと地元も注目していたが、相変わらず何の動きも見られなかった。

 これまで長年、跡地に何が出来るのかと気を揉んでいた地元の人たちも入札日まで公表されたので、今度こそやっと安心したりほっとされたのではなかろうか。

 入札の受付は7月6日から7月15日入札日は7月22日,面積は11,498・73㎡で約3,471坪、予定価格は2億4,600万円とある。何社くらい応募がありいくらで落札するのか興味のあるところである。

 1㎡当たり21,400円、坪当たり70,800円くらいの予定価格となっているが、広電阿品東駅まで100㍍、JR阿品駅まで800㍍と、交通の便が良い割には安いように思われる。

 上水道・下水道・都市ガスもすぐ傍の道路まで来ているが、仮に戸建住宅予定なら整地・区画割り・上下水道ガス管の埋設・敷地内道路整備等膨大な経費が見込まれ、売り出し価格はどの程度になるのだろうか。
by hirosan_kimura | 2015-06-11 11:20 | その他 | Comments(0)

№652 村の孝子

e0125014_913511.jpg 昭和9年の「地御前村基本調査」に人物の欄があり、孝子について紹介されている。
 「孝子(こうし)」とは「親孝行な子供」とある。









惣七妻さつ
 惣七は地御前村の惣十郎が子なり。幼いと時広島に出で人に仕ふ。己が身の価も年に増して受けるるが残らず親下に送りぬ。
 加え珍しき物を得れば使を求めて遣わしける。されど心安からずやありけん。遂には仕を止めて取り養う。
 家貧しく田畑も無け父が業を継ては、毎に魚を釣り歩き力を極めて親の衣食を営む。
 妻を迎えて名を「さつ」といふ。これも心優しき者にて舅姑によく仕へり。惣十郎行商の帰り遅き時は、惣七自らは如何に疲れたりとも之を途中に出迎え籃(かご)を受取り伴いたれば、さつは盥に(たらい)に湯を立てゝ置き草履を脱がせ父の足を荒い、食事を勧むなど夫婦限りなし。
 母いつの頃か狂気して無理を言い出ることあれども、夫婦同じ心にて良く言いきかしなだめいたわるなど、愛嬌深き者なればよくごとしを得む。
寛政五年七月十六日 夫媲(つれあい)に米五俵賞し賜る。

仁左衛門女もと
 「もと」は早く母に別れ父に仕へて孝なり。家極めて貧し。兄十蔵は運船を業とし。
 もとは十四・五才頃より同村の源右衛門に仕へ、凡十年主人より給へる故衣の類は皆父に送り、兄弟力を併せて孝養せり。
 父病みて手足言語不自由になりしかば、兄は運業を止めて近き辺に人仕事を求めて看病に力を尽くしけるが、其の身も亦病みて父に先立ち逝くきぬ。
 もとは主家に暇を乞い家に帰り父を介抱しけるが、債務に迫り家宅調度皆人手に渡れり。されど旧主源右衛門の助力によりて買取りて、これを貰いたり。
 父は病み、物のたくわえもなくなりたれば一入(ひとしお)生計に励み日毎に人に雇われ、婚姻などは固く拒みて父の療養のみ力をつくせり。
文化中四年六月 米五俵を賜りて賞せらる。 
by hirosan_kimura | 2014-08-26 10:27 | その他 | Comments(0)
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 昭和40年代・50年代頃までは、夏になると自転車や徒歩で周遊する学生などがお上がり場にテントを張って泊まっているのを良く見かけていた。今では松枯れで無くなったが、十数本の松の大木が公園に生い茂り公園全体が松の枝葉で日陰があった頃である。最近ではテントが張られていることは見られなくなった。

 平成10年の初め頃、一つのテントが張られ住所不定の人が住み着くようになった。お上がり場公園には汲取りながらトイレも有り水道も自由に使えるので日常の生活は何とか送ることが出来る。

 その内一つのテントが二つになり、廃車寸前の車を持ち込み、車の中で寝泊りする人もあった。

e0125014_9471610.jpg その内、どこから集まるのか分からないが数人の人が集まり、日中は日陰に寝転んでいたり談笑しているのを見かけることもあった。夜になると酒盛りをしているようなこともあった。

 この人達は働いていないので生活費はどうしているのだろうと思っていたが、ある人の話によると近くのスーパーで賞味期限切れた廃棄寸前の食料を貰っているのだろうとのことであった。

 また、近くの浜辺で「ごかい」などの釣餌を掘って釣り人に売ったりしていた。釣餌は釣具店で購入するより安く新鮮なので釣り客のお得意さんも出来ていたそうである。釣り客の中には何時どの位の量の餌が欲しいと予約をする者もあったそうである。

 またそばの海岸で「あさり」を掘って売ることもあるそうである。この当時でも阿品で獲れる「あさり」は少なくなっていたが、この人達は時間だけは持て余しているので結構な量の「あさり」を獲っていたらしい。

 しかし身元の分からない人が常時数人たむろし、不気味なので公園に近づく人も少なくなり8月の初めに近所の人が市役所に苦情を申入れ退去してもらうよう依頼した。

 市役所では現地に行き度々退去を申し入れたが、この地の居心地が余程良いのか中々退去されることもなかった。

 12月になると新に男女一組がテントを張って住み着いた。この男女一組は自転車で日本各地を旅行している人であったが、市役所の度々の退去要請により暫くしてこの地を離れられた。

 再三の退去勧告によりその内一人の人が退去されたが、何のことはない。国道を挟んで向かい側の小高い山の中腹に移動されたただけであった

 翌年2月になっても退去されないので市役所も痺れを切らして水道を止めること含め厳しく指導した結果、一週間以内に退去する旨の確約を得て2月中旬に3名全員がやっと退去された。

 この3名も公園からは退去されたが向かい側の山に移動するだけであった。この小高い丘は別荘地として開発されたが利用されることも無く雑僕が生い茂り荒れ果てた地である。

 周辺から見てもこの地で何人かが住み着いて居られるとはうかがい知れないが、暫くこの地で生活をして居られた数組の人達もいつの間にか退去され、今では敗れたテントの残骸や生活用品が散乱しているだけである。
by hirosan_kimura | 2014-08-03 10:59 | その他 | Comments(2)

№646 調整池

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 このブログ№99で「阿品のダム」を紹介した。地元では「ダム」「調整池」とも呼称している。この調整池は農業用ため池との兼用で昭和50年11月に完成している。

e0125014_11132556.jpg この調整値池は阿品台ニュータウン造成時に造られ、団地の西側98㌶の流域から流れる雨水を調整し下流に放流している。

 調整池の貯水面積は約8,600㎡で平常時の水深は約4・6㍍、満水時の水深は6・6㍍で見た目よりは深くないようである。貯水量は4万2,500立方㍍とされている。

 この貯水池は団地内に大雨が降った際、一気に下流に大水が流失しないよう水量を調整しながら放流しているが、阿品二丁目地内の田畑などの灌漑用水の役目を果たしている。

 しかしこの調整値池の完成時には下流にたくさんの田畑があったが、JR駅の新設などによりこの地の利便性が増し、田畑を埋め立てて住宅地が造成され残された田畑も僅かとなってしまった。

 流出水の調整機能としての役割は残るが、溜池用としての役割は近い将来には終わるのではなかろうか。

 ダムが完成して誰かが放流したのか鯉などが繁殖し、子どもたちがダムの周辺で魚釣りをしていたが、遊んでいた子どもが溺れ死んでからはダム周辺は立入禁止となっている。

 また堰堤の脇に歩行用階段があり、阿品駅を利用する廿日市西高校の生徒や地域の人達が利用していたが、この通路も防犯上の理由から閉鎖され、ダム周辺には近づく人も無くひっそりとしている。

 しかしダム周辺の法面には自然の樹木が残された場所もあり、小さな湖水ではあるが水鳥などが遊泳していることもある。

 周辺が開発し尽くされた阿品ではあるが、唯一残された広い空間ともいえる。
by hirosan_kimura | 2014-07-24 11:51 | その他 | Comments(4)
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 本日は毎年恒例の海のクリーンアップ作戦が行なわれた。この作戦は平成5年に第一回目が行なわれ、和歌山県から大分県に至る瀬戸内海に面した県で一斉にに海の清掃が行なわれる。廿日市では地御前神社前と阿品のお上がり場周辺で清掃に取り組んでいる。

e0125014_11365277.jpg 第一回目が行われる際、生活環境課に属していたので最初から拘わっていた。初めての取り組みで戸惑うばかりであったが、大勢の人に参加してもらうため、町内会・子ども会・老人クラブ・その他の団体に呼びかけた。 予想以上にたくさんの人に集まってもらい主催した方がビックリするくらいであった。

 海のゴミは海草などが浜に打ち揚げられた物も多いいが、相変わらず牡蠣養殖による廃棄物、針金・プラスチック管・発泡スチロールの残骸などが特に目立つのは、以前も現在も変わりない。
by hirosan_kimura | 2014-07-19 12:02 | その他 | Comments(0)

№628 下水道工事

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 現在、お上がり場公園と広電軌道の間の狭い道路を片側通行にし、重機が入り盛んに工事が行なわれている。これは阿品地域に公共下水道を整備するため、放流管を埋設するための工事である。

e0125014_11125663.jpg 2月の中頃より、お上がり場公園の東側半分にある樹木が掘り起され、西側半分に移植された。何の為か不審にに思っていたが、下水道工事のため東側を空き地にし、工事や資材を仮置きする為であった。

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 東側半分は樹木が取り除かれ空き地となっている。西側の公園部分との境に危険防止のため囲いが設けられている。お上がり場公園のシンボルである「西幸記念碑」ぎりぎりの地に仮囲いが設置されている。

e0125014_11414418.jpg №567で「やっと阿品に公共下水が」で紹介したが、沖島橋附近の縦抗より埋設された下水管が「広電阿品東駅」附近まで到達し、更に西側に伸ばすため中間点の縦抗を設けるための工事である。

 今回の工事は「広電阿品東駅」附近から西に588.5㍍延長され、径800㎜のヒューム管が延長されるが、工事期間は9月下旬となっており、今回の工事が終了すれば更に西に延長する必要があり、我家周辺に公共下水道が整備されるのはまだまだ先になるようである。
by hirosan_kimura | 2014-03-13 12:06 | その他 | Comments(0)