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by hirosan_kimura

№95 廿日市市高齢者ケアセンター

e0125014_13251587.jpg  廿日市市高齢者ケアセンターは、阿品四丁目の丘の上にある。広島湾を眼下に見下ろし、厳島・遠くは瀬戸の島々が展望できる素晴らしい場所にある。この施設は平成7年2月に竣工している。

 敷地面積約7,000㎡、建物は鉄筋コンクリート三階(一部四階)で、建物延床面積5,700㎡の施設である。

 この施設は市の保健福祉研修センター、特別養護老人ホーム、ケアハウス、ディサービスセンター、在宅介護支援センター等の機能を備える。

 開設当時は、医師会事務局・訪問看護センターも併設されていたが、別の場所に商工保健開館が整備された際移転し今は無い。

 平成17年4月には、ケアセンター内に廿日市市で初の「障害児ディサービスセンター」の事業が開始されている。

 この施設が出来るまでは廿日市市内の特別養護老人ホームは、昭和46年10月に開設された原の奥にある「清鈴園」のみであった。

 今では福祉施設は便利の良い街中にあるが、「清鈴園」が整備された頃はこのような施設は、人里離れた山奥に整備するのが当たり前と云う時代であった。

 この施設は定員も少なく、入所するには何年も順番を待たなければならず、やっと順番が来たらその人はすでに亡くなっていたということは珍しくなかった。

 このような状況の中で新しい施設の整備が急務であったが、廿日市市は市域も狭く土地価格が高いため、新規に土地を購入し施設も整備するとなると、それだけの資金力のある法人は中々存在しなかった。

 そこで福祉関係者は阿品四丁目の市有地に目を付け、その土地を貸与し長年 市の福祉施策に貢献された法人に建物を整備して貰う案を出した。

 ところが宮島を見下ろす一等地の市有地に、高齢者の施設を整備することは、勿体ないことでとんでもないとの考えが主流であった。当時市内には宿泊施設もなく、その土地に宿泊施設を誘致する案が先行していた。

 そこで福祉関係者は有識者からなる任意の団体を作り、その力を借りて高齢者施設整備の方策を模索したが、長い期間前に進むことは無かった。

  その内市長が交替したが、新市長の「長年社会に貢献されてきた高齢者にこそ、便利の良い風光明媚な場所に施設を整備するべきだ」との方針の元に急展開することとなった。

 ひとつの施設を整備するためには時間を掛けて計画し、県と協議しながら認可に向けて補助金申請の手続きを進めるのが通常である。

 当時は各地で施設整備要望も多く、限られた国の予算の中で補助金の獲得は困難な状況であった。近辺では旧佐伯町や島嶼部で施設整備の計画が進められ、早くから県との協議を行っていた。

 こうした中、廿日市市内への施設整備の協議に県の担当に行ったところ、けんもほろろで「他の自治体は県と連携をとりながら長い期間掛けて計画している中、突然このような協議に来るとは廿日市は何を考えているのか」と反対に怒られ、すごすごと帰ったのを今でも思い出す。

 その後、関係者の熱意と努力でようやく認可されることとなった。

 総事業費は15億2700万円。用地は市が貸与することとし、整備費の一部4億1300万円を市が負担し、法人と市共同で整備したものである。

 整備当初は風光明媚な場所の施設として、全国各地からの視察も殺到していた。

 今は亡き母もこの施設のディサービスを定期的に利用していたが、ある時「今日はどこに行ったのか」と訊ねると、痴呆の始まっていた母は「友達とバスに乗って、知らない島の温泉に行ってきた」などと答えるので、苦笑したことが懐かしく思い出される。
 
by hirosan_kimura | 2009-03-17 04:45 | 社会 | Comments(0)