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by hirosan_kimura

№80 厳島合戦(3)

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 酉の刻、元就は全軍に出陣の法螺貝を吹き鳴らさせたが、出発に当って船頭たちの間から、又もや異議の申立てがされた。 
 
風雨が激しく、この荒天ではとても船は出せないと云うものである。

 酉の刻を前にして暴風雨が激しくなり、暗黒の天地に雷鳴がが轟き始めたのである。視界の遮られた海面に、波浪が白い牙を剥いていた。

 船頭たちは、この荒れ模様では櫓・櫂が波にさらわれて、船を進めることが出来ない。仮に船を海上に出したとしても咫尺を弁せず、無事目的地に着くことが出来ないと云うのだ。それに転覆の危険がある。将士のあいだからも渡航延期の声が起こった。

 だが元就は断固としてこの要求を斥けた。「今日は最上の吉日であり、西風は吉例である。この風雨こそ、天が我に加護を垂れ給う御しるしである。

 この暴風で敵は必ず油断して、警戒を怠るであろうから、まさに出陣の好機である。この好機、逃がして成るものか。全軍、速やかに出陣せよ」との命を下した。

 元就は出陣にあたり嫡子の隆元に「御自分は陸に残られへ。この一戦でわれ若しく討死候はば、何とぞ後手の弓矢成し立て候様遊ばされ、御家を保たれ候様に」と云うと、隆元は「元就公御残り遊ばされ候とても、渡海仕り候者共悉く討死仕る候ては、恩召され候様弓矢は成り立ち申すまじく候。
 
 まして私残り候様との儀、存知も御座なく候」と返事をして、自分の具足の上帯の端を切り、二度とは結ばぬ決死の覚悟を示して、真先に乗船した。

 この隆元の気合に呑まれて、ひるんでいた将士たちの気持ちも奮い立ち、われ先にと廻船に乗り込み勇躍征途に着いた。
by hirosan_kimura | 2009-03-02 05:28 | 出来事事件 | Comments(0)