素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№38 幣司岩

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 阿品地域ではないが、沖山の東海岸に「幣司岩」という大きな岩があった。潮が満ちると海中に没し、干れば磯に現われ上が平で畳 八畳位あり地御前海岸でシンボル的存在であった。

 子どもの頃は潮が引き始めると泳いで行き、岩が水面に現われる前に岩の上に上がったり、潮が引いてからも岩に登ったりして良く遊んでいた。

 岩の名前の語源は、昔何かの祀りのためこの岩の上に御幣を立てたことによるとも云われる。別の説では暗礁を言い表す南方馬来語の「パシル」に由来するとも言われる。これが「パシ」(台湾にある海峡名)→「フィシ」(琉球語)→「ヒシ」(大隈風土記)→「ヒジ」→「ヘイジ」と変化したのだそうである。

 この岩は後に、牡蠣業者の作業船運航の邪魔になるので爆破撤去された。もし残っていれば海岸に風情を添えたであろうが、勿体無いことである。

国郡志御用下調書出帳より
 沖山鼻より東に当り凡三拾間程離レ、幣司岩与申ス岩有リ。六月卅日外宮社ニおゐて身曾貴御祭り之節、厳島へ社人帰帆之刻此岩にて鳥喰飯上り申候。右岩汐満チ居候得者見へ不申、又汐干候得者皆相見へ申候。

 もう少し鮮明な写真があれば良いが、中々見つからない。
Commented by hitoshi at 2009-01-19 22:38 x
地御前の絵葉書ですね。私も へいじ岩 の写真を ちゃんと撮っておこう明日には、と思った日に 沖山下あたりの海岸の様子が変だったので行ってみたら砕かれていました。漁業権とか県の事業とかあるんでしょうけど......
ある養殖業者の人が「簡単に砕けた」と言われていたのがとても残念でした。残す選択は無かったんでしょうかね?
Commented by hirosan_kimura at 2009-01-20 08:11
hitoshiさんは何年生まれですか。幣司岩の写真を撮ろうと思われたのなら、岩が無くなったのは30年代より後かも知れないですね。凡その年月が分かったら教えてください。以前のブログが文章のみで不評だったので、写真か図を入れていますが、資料不足で困っています。良い資料があったら教えてください。
Commented by hitoshi at 2009-01-20 09:26 x
私が市内に越してからだと思うので、15年位前に砕いたのではないでしょうか? 地御前神社で先代の宮司さんに「地平天成」の碑の話しを聞いた
とき、 へいじ岩と御幣、 しらかみ社と白紙 といった話しもして頂きましたが、 その時はまだあっと思います。(多分ですが)
 
Commented by hirosan_kimura at 2009-01-20 09:38
 もっと昔に撤去されたと思っていましたが、意外と最近の話ですね。もう少し良く調べ確かなものを投稿しなければならないのですが、中々思うように行きません。間違いが判明した段階で訂正して行きたいと思います。
Commented by hitoshi at 2009-01-20 14:00 x
五洋 の人工干潟のことが書いてあります。
88年から90年の工事期間で、地御前カキ棚 とあるので
この時、砕かれたんだろうと思います。
広島県「甘」日市  は、いただけませんね。

( http://www.penta-ocean.co.jp/business/solution/sol_12/pdf/kaihin.pdf )






by hirosan_kimura | 2009-01-19 07:51 | 地形 | Comments(5)