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by hirosan_kimura

№733 阿品の神様

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 阿品の氏神様岩鏡神社の祭神は「足名椎命(あしなづちのみこと)」「手名椎命(てなづつのみこと)」の両神様である。これは古事記による名称であるが日本書紀では「脚摩乳命」「手摩乳命」と称されている。

 別称で「足摩乳命」「足名鉄神」「足名椎神」及び「手名椎神」と称される場合も見受けられる。神名の由来には諸説あるが、「づち」は蛇を指し「脚無し蛇」「手無し蛇」の説。また「あしな」は浅稲で晩成の稲、「てな」は速稲で早稲を示しているとの説。

 「なづ」は「撫づ(撫でる)」、「ち」は精霊の意で、父母が娘の手足を撫でて慈しむ様子を表すとする説。「畔(あ)の椎」、「田(た)の椎」と対であるとの説等、諸説ある。

 「あしなづち」と「てなづち」は神話の八岐大蛇退治に登場する夫婦の神様である。「あしなづち」の父親は大山祇神(おおやまつみのかみ)である。
e0125014_13381891.jpg 両神の間に八人の娘があったが、八岐大蛇に年に一人づつ人見御空供に求められ七人の娘を失っていた。最後には末娘の「櫛名田比売(奇稲田姫 くしなだひめ)」のみが残されていた。

 最後の娘も食べられると美しい娘を間に老夫婦が泣いているところに、高天原を追放された須佐之男命(すさのうのみこと)が通り掛かった。須佐之男命は事情を聞いて櫛名田比売との結婚を条件に八岐大蛇退治を請け負ったそうである。

 大蛇を退治した須佐之男命は須賀の地に宮殿を建て足名椎に宮の首長に任じた。この宮殿のあった地には須佐神社があり、代々神職を務める稲田氏は足名椎・手名椎から数えて78代目で、阿品の岩鏡神社とも深いつながりがあると思われる。

 大半の神社には創建の由来等が伝えられ説明板が設けられ詳しく説明してあるが、岩鏡神社には詳しい資料等が残されていない。古老により言い伝えられていたように、阿品の神様は阿品の遠い祖先が出雲の神様を分祀し岩鏡神社を創建したものと推測される。
by hirosan_kimura | 2016-01-08 10:40 | Comments(0)