素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№642 鰆浜の人口干潟

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 鰆浜の海岸は干潮になると沖合いまで磯が広がり、あさりを掘りに行くと子どもでもたくさん採ることが出来た。火立岩に近い磯では大貝・ミル貝なども面白いほど採れていた。お上がり場に近い浜辺ではたくさんは採れなかったが、蛤(はまぐり)が見つかることもあった。

 浜のすぐ沖の水中には藻もたくさん生えており、えびやたこ・小魚などもいて夏の夜にはカーバイトの灯りで浅瀬を網を押して行くと獲物が獲れ、この漁りを楽しみにする人もあった。

 夏の蒸し暑い夜に堤防で夕涼みをしていると、闇夜の中を漁火が行き交い夏の風物詩でもあった。

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 昭和43年には西広島バイパス工事のため、道路の拡幅・広電の移設・堤防沿いの道路の新設用地として、海岸沿い長さ920m・巾最大35mの埋立が行なわれた。埋立面積は7,268㎡であった。

 昭和49年には無くなった浜辺を再生するため、沿岸漁業改善事業により鰆浜沖に人口干潟が造成された。干潟には山砂が入れられこれによりあさりなどは消滅してしまった。

 人口干潟には牡蠣の稚貝を育成するため、竹ひびがたくさん建てられた。あさりの稚貝も放流されたが浜は山砂のせいか元のようにたくさん増えることもなかった。

 人口干潟は工費8,600万円でフジタ工業が造成した。

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 昭和43年に人口干潟造成された人口干潟も、埋立てにより潮流が変わったせいか搬入された砂が沖合いに流され浜はやせ細るばかりであった。

 このため平成8年に人口干潟改修整備工事が行なわれた。この工事は南北延長700㍍・東西巾95㍍、工事面積6・7㌶の干潟の整地や牡蠣棚の復旧が行なわれた。

 また土砂の流失を防ぐため沖合いに土止溜堤が新設された。この堤は基礎捨石の上に巾4・2㍍・高さ2・5㍍のコンクリートブロックを設置し、沖側には波除の被覆石が積んである。

 この堤は2ケ所設けられそれぞれ延長182・25㍍と115㍍あり、総延長297.25㍍となっている。

 これらの工事は工費3億6,668万円で五洋建設が施行した。

 これらの工事により浜辺の砂の流失は止まったが、あさりなどは以前のようにたくさん見かけられない。潮の良い時にはたくさんの人達が潮干狩りを楽しんで居られるが、掘れるあさりはほんの僅かで貝を入れたバケツの底が見えるくらいで、見ていて気の毒なような人もある。
Commented by Fujio K at 2014-07-08 21:13 x
帰省中の昭和55年2月26日、家族で鰆浜に貝掘りに行ったことがあります。
その時は、ザル一杯のアサリが獲れました。
人工干潟造成の数年後ということになります。
昔は「潮干狩りに行く」ではなく、「貝掘りに行く」と言ってましたね。
Commented by hirosan_kimura at 2014-07-09 08:41
コメント有り難う御座います。最近はネタも無くなり休み勝ちのため、ブログを開く人もめっきり少なくなりました。何とか750回までは続けたいと思っています。阿品に関し何かあったら教えて下さい。
by hirosan_kimura | 2014-07-08 13:27 | 鰆浜 | Comments(2)