素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№578  お上がり場の怖い建物

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 現在では想像出来ないが、かつてのお上がり場は松の木が鬱蒼と繁り日差しを遮る木陰となっており、夏になると沢山の海水客が訪れていた。たくさん人が来た時は木陰に隙間が無いくらいゴザなどの敷物が引かれ座り込んで飲食したり、ひと泳ぎして寝転んだり、おんなの人はおしゃべりに花が咲いたりして大賑わいであった。
 
 木陰には簡単な建物が建てられお菓子や飲み物などを売る店があった。夏になると海水浴客を目当てにもう一軒の店が開店しかき氷なども売られ、二軒の店が競い合っていた。店といっても木の柱を建て屋根はよしずを乗せたような仮設の建物である。

 昭和30年代の終り頃だったと思うが、幅二間半・縦四間くらいの総二階の木造の建物が建てられ、新しい店が開店した。この地は公園で公有地であるので本格的な建物は建てられないので不法建築であったらしい。当時のある議員が建主の便宜を計り役場に圧力を懸けて建てたの噂もあったが真相は分からない。

 水道も在ったが、今の阿品東駅付近からビニールパイプの水道管を堤防沿いに地上に這わせていた。正式な水道工事なら給水管は地中に埋設しなければならないが、なぜこのような水道工事が認められていたのかは分からない。

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 この建物があった場所は公園の東側、上の写真の左側の二階の建ての建物である。一年の内ほとんど毎日開店していた店は公園の中央当り、夏だけ開店する店は公園の右側辺りにあったが新しい店に太刀打ち出切る筈も無く、この建物が建てられた時期に前後して閉店している。

e0125014_921138.jpg 新しい店は「阿品海楽園」との看板を掲げて派手な商売を行なっていた。しかしこの店には背中に刺青をした人たちが出入りしたり、二階では昼間から博打をしているなどの噂が広がり、阿品の人たちは恐ろしいので余り近寄らなかった。

 この店もいつの間にか閉店し、昭和40年代の終り頃建物も撤去された。
Commented by hitoshi at 2013-10-24 22:16 x
子供の頃だったし、地御前神社からは離れているので、お上がり場で泳いだり、釣りをしたことはほとんどないですが、タイトルのように、怖い建物の印象が残っています。
Commented by Fujio K at 2013-10-25 14:22 x
小学校時代の夏休みに、林間学校と銘打った「お上がり場」での学校行事に参加した記憶があります。
行事は半日間で、担任や教頭先生による水泳指導などです。
小学校4年生の時と5年生の時に行った覚えがあります。
6年生の時の林間学校は錦帯橋に行きました。
お上がり場での林間学校は昭和27年、28年のことです。
怖い建物は昭和30年代の後半とのことですが、小生は昭和33年に地御前を離れたので全く記憶にありません。
ただ、この建物のオーナーや行政に圧力をかけた町会議員が誰かは想像がつきます。 くわばら くわばら。
Commented by hirosan_kimura at 2013-10-26 05:00
 地御前を離れられて五十数年過ぎたのですね。それにしては地御前のことを良く知っておられるのに感心します。私も記憶を辿って記事を書いていますが年代等についてあやふやで、間違っている部分もたくさんあると思います。ご指摘願います。
by hirosan_kimura | 2013-10-24 10:10 | 鰆浜 | Comments(3)