素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№503 最後の「とんど」

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 №31、№286でも紹介したが1月13日に阿品地区コミュニテイ主催の「とんどが」、鰆浜の県病院跡地で行なわれた。長く空き地となっていた県病院跡地を県が処分するということで、この地での「とんど」は今回で最後となる。

 県立地御前病院は昭和18年9月16日に開設された「教員保養所」が、昭和26年6月1日より県に移管され県立地御前病院となった。教員保養所はどこが所管であったのかわ知らないが、主に結核の教員の療養所でたくさんの教員が入所されていたのを微かに記憶している。

 県立地御前病院は県立病院の再編により昭和42年3月31年に廃止され、県立広島病院地御前分院として残されたが、この分院も昭和47年3月31日に廃止された。

 病院跡地は空き地として残され、以来40年間地域に開放され「盆踊り」や「とんど」地域の行事や高齢者がゲートボール場として活用してきた。一部は県の職員のためのテニスや野球などにも利用された。

 この跡地は約16,000㎡くらいあるが、この間№45でも紹介した山陽自動車道を新設する際、道路予定敷地内の大竹にある精神病院移転用地として計画されたが、地元の強力な反対運動の結果計画が撤回された経緯もある。

 その他の施設への転用が模索されたこともあるが、一定の敷地面積はあるものの国道等への接続が困難で実現に至らなかった。国道へ通じる道路は何箇所かあるものの車の離合も困難な道ばかりである。この地から国道へ最短の道路を拡幅しても出た所には中央分離帯があり左折しか出来ない。

 県は跡地をどのように活用される計画か不明であるが、民間に払下げられ住宅地として開発されるかマンションでも建てられるのではなかろうか。

 いずれにしても長年地域で活用された空き地が無くなることは地域にとっては残念なことであるが、県も財政難の折いつまでも空き地のままで置くと言うことは困難であろう。

 かつての阿品では広い田んぼが広がり、「とんど」をする場所にことかかなかったが、民家が密集した今となってはたんぼで「とんど」をするなど不可能なことである。

 遠い記憶では浜辺の干潮時に海で「とんど」が行なわれた記憶がかすかにあるが、阿品の海も埋立てられ浜辺も一部しか残っていない。残された浜にも牡蠣養殖のひびが設置され「とんど」が出来る広い場所も残されていない。海で行なうには干潮時を利用する必要があり、限られた時間内に準備をしたり、燃え尽きるのを待って餅を焼いたり、後片付けをするのは不可能である。

 長い間、阿品で行なわれてきた風習がまた一つ消えようとしているが、まことに寂しい限りである。
by hirosan_kimura | 2013-01-16 10:22 | 行事祭礼 | Comments(0)