素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№470 山羊の解体

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 昭和30年頃のことである。近所のある家に山羊を飼っておられた。当時は農家でなくても山羊やウサギや鶏などを飼うのは珍しいことではなかった。

 我家でも綿羊を一頭飼っていたが、年に一回くらい綿羊の毛を刈り取り仲買人のような人に毛糸と交換して貰っていた。当時は子どもだったので、仲買人の人が何処から来られるのか、その場で刈った毛を毛糸と交換して貰っていたのか、我家の羊の毛を一旦持ち帰り毛糸の加工して持って着ておられたのかは良く分からない。

 近所で飼っておられた山羊は乳を採るのが目的であったのだろう。その山羊は、その家のおじさんの出勤前に近くの原っぱに連れて行ってもらい杭に繋がれ、一日中自由に草を食べさせてもらい仕事が終わった夕方に迎えに行き家に連れて帰ってもらっていた。朝夕、山羊を引いたおじさんが我家の前を通られるのが日課であった。

 いつも山羊を繋がれるすぐ傍には、排水を国道の下を通し海に流すための排水溝があった。ある日の夕方おじさんが山羊を迎えに行くと、その段差の下に山羊が誤って落ち繋がれた縄で首を吊り山羊が死んでいた。おじさんもビックリされたし山羊も随分苦しんだだろう。

 翌日近くの山の麓で、今は亡き吉田先生が山羊を解剖して子どもたちに見せる言うので集まって遠巻きに見学をした。先生は山羊の腹を切り、これが心臓・これが肺などと説明して下さったがとても気持ちが悪かった。

 解剖した内臓などは傍に埋められたが、きれいな肉を切り分けて皆に配分してもらった。今の時代のようにいつでも肉を買って食べると言うような時代でなかったので、みんな喜んでその肉を貰って家に持ち帰った。

 我家でも夕食に山羊の肉を煮て食べたが、大人たちは美味しいと言って食べたものの、毎朝毎晩おじさんに連れられて我家の前を通っていたのを見ているので、山羊が可哀想でとても食べる気にはならなかった。

 今から60年近く前の、鰆浜部落の出来事である。
by hirosan_kimura | 2012-06-26 10:10 | 出来事事件 | Comments(0)