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by hirosan_kimura

№460 ぼらの養殖

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 ぼらは阿品でも良く見掛ける魚であるが、家に持って帰っても余り喜ばれず釣れても捨てるような魚である。近年は海の汚染が進み臭い魚と嫌われるが、昔は沿岸部でもまとまって捕獲される味の良い食用として親しまれ、高級魚として扱う地域も少なくなかった。またメスの卵巣を塩漬けして「カラスミ」と言われる貴重なつまみにもなる。

 ぼらは出世魚と言われ、地域によって異なるが、3cm程度のものをスシバリ、20cm程度はイナ、30~40cm程度はボラ、50cm以上はトドと言うそうであるが、イナとボラ以外の呼び方は聞いたことことがない。

 以前紹介したがJR阿品駅前の国道に調整池があった。昔は巾も相当広かったが新国道が整備される際埋立てられ随分巾が狭くなったが、昭和40年代頃までは国道沿いに細長い調整値池が残されていた。

 この調整池(阿品では池洲と呼んでいた)で魚の養殖が行われていtことも紹介したが、養殖をしていたのは在郷軍人会が行っていたそうである。

 毎年春頃、地御前の漁師さんからぼらの幼魚を買い付けていたそうである。どの程度の数量を買い付けていたのか分からないが一匹辺りいくらかで購入していた。小さな魚なので数を数えるのが大変なので、小さな杓で魚をすくい10匹数えてはごうな(螺貝の一種)を1ケ並べて計算したそうである。ごうなが100個になれば1,000匹のぼらの幼魚数となる。

 特別餌を与えたりの世話をしなくても大きく育ち、毎年正月が開けた頃在郷軍人会の人たちが池洲に網を入れて魚を捕獲していた。1年子・2年子はそのまま池洲に返し大きなぼらのみを出荷していた。

 どのくらいの売上額になったのかは分からないが結構なお金となり、在郷軍人会の運営費になったり時には酒盛りをする際のお酒代や料理代にしたと言うことである。

 戦後は池洲に生息している魚を青年団が網を入れて捕獲し、残った雑魚を子どもたちが争って取り合いをした記憶があるが、このような風習も何時の時か分からないが行われることもなくなった。
by hirosan_kimura | 2012-05-27 10:28 | 地形 | Comments(0)