素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№458 鵯山(ひよどりやま)

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 鰆浜部落と地御前の境の山を鵯山(ひよどりやま)と言う。地元では単に鳥山(とりやま)とも呼んでいた。別名拝床山とも言われていた。

 この山はうっそうとと樹木におわれ海に面していた。高さは約80m前後で海側は急傾斜となっていた。鵯山と呼ばれたのはかつてこの山に鵯(ひよどり)が群生していたものによる。この数は半端なものでなく数えきれないほどだったそうである。

 春になるとこの鵯を鷹が追い付けまわすと鵯が森の中に隠れ込んだり、時には一斉に飛び立つと空が暗くなるほどで不気味な感じがするほどであったそうである。

e0125014_10103689.jpg 背後は急角度の瘤山が連なり、山裾には暗礁が多く要害の地であった。

 弘治元年(今から457年前)の8月21日に陶晴賢が厳島に進駐後、23日には毛利元就がこの付近を巡視し、28日にはこの山に陣地をはり厳島に攻め入る為の軍の方略を協議したと伝えられている。

 この山裾の海辺は道も無く干潮時に磯伝いに往来するしか無かったが、古い時代に人がやっと通れる程度の道が整備され、明治12年(今から133年前)に巾の狭い旧国道が完成している。

 その後、広電宮島線軌道のため海が埋立てられ、昭和7年(今から80年前)に完成した新国道のため山肌は削り取られ、鵯山周辺は大きく変わってしまった。

 かつては木々で鬱蒼と繁って山も、宅地の造成等で切り払われ山頂にはマンションなども建てられ鵯が群生していた頃の面影を覗うことも出来ない。
by hirosan_kimura | 2012-05-25 11:05 | 地形 | Comments(0)