素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№423 大きく変わった地形

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 上図は明治27年発行阿品付近の地図に着色したものである。今から118年前のものである。

 緑色が山。茶色が平地。青は海面の埋立地。平地は中央が阿品(阿品二丁目)、右側が鰆浜(阿品一丁目)、左の大野境付近が田尻(阿品四丁目)である。

 中央の埋立地は今から200年前くらいの干拓地と、130年前くらいに前に旧国道新設の際、開拓された阿品新開である。200年前に開拓された部分は予測で、境界の正確な部分は不明である。
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 この図は現在の状況であるが、一番大きく変わったのは山が削られ団地が造成されたことであろう。

 黄色い部分が山を削り住宅地が造成された部分であるが、右側の広い部分が「県営阿品台ニュータウン」。左の大野境が「ふじタウン」である。

 この大型団地以外に鰆浜の奥と阿品境に「阿品団地」が今から50年近く前に造成された。元は阿品地区ではなかったが今は阿品一丁目に編入されている「光が丘」と言う小型団地も山を削って造成されている。

 海岸の埋立では今から90年近く前、新国道・と広電宮島線の延長に伴い海岸沿いが帯状に3,200坪程度の埋立が行われた。

 今から43年前くらいには、田尻住宅団地・遊園地ナタリー(阿品三丁目)の敷地として約165,000㎡の海岸が埋立てられた。

 また、今から39年前には「西広島バイパス」の出口として広電の沖合い移設、道路の拡張用地として,鰆浜の海岸が帯状に7,268㎡埋立てられた。

 自然に恵まれ緑豊かであった阿品は、山が削られ海は埋立てられて原型を留めないほど大きく変わってしまった。

 現在、元の自然が見受けられるのは阿品台の裏山と、団地の乗り面に僅かに残された部分と、鰆浜を取り巻くように残された山のみである。

 鰆浜と阿品の間の僅かな山も、一時は開発の計画もあったが今は中断しているようである。これらの山が何時までも残ってほしいものである。
Commented by nishimaru at 2012-11-05 22:26 x
地図について質問させてください。
古い地図は図書館にあるのでしょうか?
対厳山の昔の地形を知りたいと思っています。
いわゆる切土か盛土を知りたいのですが、細かくはわからないのかも知れません。
Commented by hirosan_kimura at 2012-11-17 08:40
 コメントのみを確認することがないので、気がつくのが遅くなり申し訳ありません。対厳山は阿品でないので良く分かりませんが、切り土か盛土かは団地を開発した業者に確認するか、土地の古老の人に聞けば分かるかも知れません。古い地図は図書館にあるかどうかは良く分かりません。
by hirosan_kimura | 2012-01-29 11:43 | 地形 | Comments(2)