素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№383 Z坂(ぜっとざか)

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 県の造成した廿日市ニュータウン「阿品台」は、昭和49年7月より造成が始まった計画戸数3,500戸・計画人口12,600人の大型団地である。

 昭和53年8月より入居が開始されたが、山地を造成されたため平地より低い所で20数㍍の標高がありなだらかな傾斜となっている。

 更に「阿品台北」は一段と高くなっており、標高60数㍍以上あると思われる。この地に行くためには急勾配の車道を行く必要がある。

 息子が小学生の頃「阿品台北」の友達の家に遊びに行く際、「行くのが遠く大変だろう」と言うと「Z坂(ゼットザカ)を行けば近い」と言っていたが「Z坂」の意味が良く分からなかった。

 良く聞いてみると大人はあまり通らなかったが、急勾配の法面に幅の狭い歩行道があり勾配がきついため直線の道が付けられず、途中で二回の折り返しがありその形が上からみると「Z」の字に見える所から、子ども達が「Z坂」と呼んでいたが、いつの間にかこの呼称が地域では正式名称ののようになっている。

 「阿品台北」は二期に渡って家屋が建てられたが、子ども達は最初に家が建てられた地域を「古北(ふるきた)」、後に建てられた地域を「新北(しんきた)」と呼んでいた。これもいつの間にか大人たちのあいだでもごく通常の地名のように呼ばれている。

 この地名も最近では差別のようであるので、余り使わないようにしようと言うことらしい。「古北」は聞きようによっては「古狸(ふるだぬき)」のようで、「新北」は新参者のように受け止められるとのことらしい。子ども達が何気なく使い出し、地域にも根付いた地名も様々な見方・考え方がされるものである。

 「阿品台北」の街区番号は1~50番まであり大半が高台にあるが、この内1番のみは坂の下にある。この街区は「北一(きたいち)」と呼称している。同じ「阿品台北」の中でも色々な呼称があるものである。
by hirosan_kimura | 2011-03-16 10:41 | 地形 | Comments(0)