素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№243 鰆浜音頭

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 阿品の部落「鰆浜」は小さな部落であるが、かつて部落のみで「とんど」「夏祭り」などの行事が盛大に行われていた。

 今ではお世話をする人も高齢となり、子どもの数が減ったせいかは分からないが、部落のみの行事も少なくなったような気がする。

 この地区では昭和55年に部落の音頭「さわらはま音頭」が作られた。作詞は三宅立美と言う人である。この人は「万国博音頭」を作詞した人で、その他北島三郎・瀬川瑛子・村田英雄・水前寺清子・島倉千代子等がレコード化した歌の作詞もされたそうである。

 小さな一部落の音頭の作詞をどのような経路で依頼されたのであろうか。作曲は佐伯金次郎、振り付けは今は亡い船村正一さんがされている。

 この音頭はテンポも良く歌いやすく、出来た当時は盆踊りや何か行事がある際、盛んに唄ったり踊ったりされていたが、当時のお年よりも亡くなり、今では余り目にすることも無くなった。

 部落の老人クラブの集まりの際にでも活用され、いつまでも引き継がれて行けば良いと思う。


「さわらはま音頭」

ハアー 前にバイパス 両手に電車
沖の宮島 うちの庭
瀬戸の海から 旭がはねて
磯の香りの さわらはま ソレ
ショウラン ショウラン ゴショウラン
さても良いとこ そうらんば

ハアー 雨や嵐を こらえて耐えて
昔ながらに 浜の松
親が教えて こどもが継いで
今も自慢の お上がり場 ソレ
くりかえし

ハアー 夏の絵巻の 管弦際にゃ
沖に情けの 灯(ひ)をともす
味なものだよ 二人の影に
月も見とれる 火立岩 ソレ

ハアー 眺めばかりか 砂浜ゆけば
笑顔並んだ 潮干狩り
みんな仲良く やろうじゃないか
グリーンベルトが 仲をもつ ソレ

ハアー 町を見下ろす 荒神さんは
人の暮らしの 守り神
住めば住むほど 心が通う
通う心に 輪がゆれる ソレ


両手に電車
部落を通る、広電宮島線・JR山陽本線

ショウラン
承安4年(1174年)3月19日に、後白河法皇がこの地より四方の風景を聖覧(しょうらん)されたことに由来する。

そうらんば
聖覧が相覧に変化したもの。近年までこの地は「相覧場(そうらんば)」と呼ばれていた。

浜の松
お上がり場の松。松枯れにより今では見ることは出来ない。

お上がり場
明治18年(1885年)7月1日に、明治天皇がこの地に上陸された。

味な
阿品(あじな)と掛けている。

火立岩
部落の海岸にあった小島。管弦祭の管弦舟がこの小島に差し掛かると灯(ひ)をかざした。バイパス工事のため撤去され、今では見ることは出来ない。

グリーンベルト
廿日市ニュータウン造成の際、部落を囲む山麓の緑地帯を永久に残すよう、部落と広島県で締結したもの。

荒神山
明治29年(1986年)山陽鉄道敷設工事で働く人達が、工事の安全を祈願してトンネルの上に祠を建てた。その後、お参りに便利なように部落の人達が現在の場所に移設した。
by hirosan_kimura | 2009-11-20 06:22 | 鰆浜 | Comments(0)