素人が調べたもので誤りも多々在ろうかと思いますが、気のついた点はご指摘を頂き、古い資料や写真等があればご一報いただければ幸いです。


by hirosan_kimura

№178 明治27年 阿品地図

e0125014_1139188.jpg №142「地図・図絵4」で明治23年頃測量された地図を紹介した。

 左の地図は明治27年に測量された阿品附近の地図である。発行は「大日本帝国陸地測量部」となっている。

 海岸線の中央当りが「お上がり場」その上部が「鰆浜」、下部の谷が「阿品」部落である。同じく海岸線の上部の山が「沖山」である。

 海岸線下部の出っ張りが「田尻」の山で、№167で紹介した附近である。その下が競艇場・宮島口に続く海岸である。

 海岸殿の道路は旧国道であるが、現在の国道と比較するとかなり曲がりくねっている。

 当然JRの線路も広電宮島線も無い。一番変わったのは阿品の山で自然の山のままである。今と違って自然溢れる風景であっただろう。

 測量技術の発達していない今から約120年前、明治23年に測量し僅か4年後にまた新しい地図が作製されたことに疑問を持っていた。

 明治23年の地図は軍用のため第五師団が、広島周辺の二万分の一の地形図を発行したものである。測量は明治23年頃であるが、明治26年3月に印刷・出版された。

 第五師団では、他に同縮尺で四日市(現在の東広島市)・上瀬野・狩留家及志波・廿日市村及玖波村の各近傍図を作成しているが、詳細は不明とされている。

 いずれの地図も縮尺は二万分の一である。正式測図の縮尺が明治43年に二万五千分の一に変更され、今では二万分の一の地図は発行されていない。
by hirosan_kimura | 2009-07-17 02:16 | 地図 | Comments(0)